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メンタルヘルス・健康経営相談室

 

産業医科大学
産業医実務研修センター
柴田 喜幸(しばた よしゆき)先生


 みなさん、こんにちは。学校法人産業医科大学の柴田と申します。 
 一般財団法人あんしん財団と学校法人産業医科大学が行っている中小企業のメンタルヘルス問題の共同研究の代表をしています。
 
 さて、今回から始まるこの企画は、これまでの連載(「健康経営ゼミナール」※1など)の続編として、一般財団法人あんしん財団が2019年2 月に開催した「メンタルヘルス対策シンポジウム」 等で寄せられたご質問や課題を中心に、共同研究メンバーが 分かりやすく解説をしていきます。

 2020年3月まで、毎月20日(予定)に計6回シリーズで掲載します。
 毎回執筆者やトピックを変えてお送りします。お付き合いください。


 
第3回 「メンタル不調も引き起こすパワーハラスメント」

執筆:本山 恭子(もとやま きょうこ)先生
本山社会保険労務士事務所 代表 / 特定社会保険労務士/行政書士/公認心理師



  
 パワーハラスメント(以下、「パワハラ」という。)に関する法律が、2019年6月に公布されました。大企業は、公布から1年以内の政令で定める日から施行されます。中小企業は、3年間は努力義務として始まります。
 この法改正によって「職場におけるパワーハラスメント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じること」が事業主に求められることになります。
 
  具体的な講ずべき措置の内容等については今後指針において示される予定ですが、法律による職場におけるパワハラの定義は次の3つの要素のすべてを満たすものとされています。 
  (1)優越的な関係を背景とする
  (2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動による
  (3)就業環境を害すること(身体的若しくは精神的な苦痛を与えること)
 
 法律において定められるほど問題になっているという見方もできるパワハラに関し、メンタルヘルス不調との関係等についてみていきたいと思います。

  

【データから見るパワハラ】

 まずは、厚労省のハラスメントに関するサイト「あかるい職場応援団」からハラスメントに関する統計データをご紹介します。

 
 ① いじめ嫌がらせの相談件数の推移
 図1 都道府県労働局への相談件数(出典:あかるい職場応援団)
 
 
  図1は各都道府県労働局等に設置されている総合労働相談コーナーに寄せられた相談件数を表しています。
 平成24年に相談内容としてトップとなり、それ以降も引続き件数が伸びています。
 

 ② パワハラの内容
   
図2 受けたパワーハラスメントの内容(出典:あかるい職場応援団)
 
  
 図2は受けたパワハラの内容です。精神的な攻撃が突出しています。
上記の「その他」以外の項目は、 2012年に「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキンググループ」による報告に挙げられた、 6つのパワハラ類型です。
具体的に次のようなことが挙げられています。




           表1 パワーハラスメント6つの類型(図2の情報に本山加筆)
類型  具体的内容例 
 精神的な攻撃  人格を否定するようなことをいう
 皆の前で大声で𠮟責をする 
 過大な要求  一人ではとても無理だとわかるような質・量の仕事を一人でやらせる 
 人間関係からの切り離し  挨拶をしても無視する
 部署の飲み会等に誘わない 
 個の侵害  プライベートなことについて嫌がっているのにもかかわらずしつこく
 聞いたり、からかったりする 
 過小な要求  故意に簡単な業務ばかりさせる 
 身体的な攻撃  たたく、胸ぐらをつかむ、足で蹴る、物を投げる 



 
 ③ パワハラによる職場への影響


図3 パワハラによる職場への影響(出典:あかるい職場応援団)

 

 図3はパワハラによる影響を示したものですが、パワハラを受けた従業員に限らず、心の健康を害し、
職場の雰囲気が悪くなり従業員が能力を十分に発揮できなくなり、人材流出にも影響していることが分かります。
昨今の人材不足、採用困難を考えると、パワハラによって失うものはかなり大きいといえるでしょう。



【パワハラが起こる理由】 

 次にパワハラが起こる理由をいくつか考えていきましょう。

 
 
 
 


 組織的視点
 ① コミュニケーション不足 
 必要な情報等の共有ができていないことが挙げられます。
「言わなくてもわかるだろう」「見て覚える」といった考え方を持っていたり、あるいは、伝えているつもりで実際には伝わっていないこと等から、必要以上の指導等につながることがあります。
 
 ② パワハラを生んでしまう社風 
 自由に意見が言えない、上の言うことには絶対服従、多忙による余裕のなさ、売上絶対主義など会社ごとにある社風によって、パワハラが生まれやすくなることがあります。



 個人的視点
 ① 自分の持つ「べき」基準を絶対視  
 人は様々な「こうあるべき」といった考え方を持っています。
これがときとして自らを苦しめメンタル不調を引き起こすことがありますが、ときには他の人に向かうことがあります。

 人それぞれ感じ方、考え方等が違うことをついつい忘れ、あるいは気づかず、自分が持っている「べき」ルール・基準の絶対視がパワハラにつながることがあります。
  
 ② 相手または自分の気持ちを考えないまたは無視  
 パワハラを行うとき、当該行為をされた人がどのような気持ちになるか考えていないあるいは、気づいていたとしても無視することがあります。
   
 または、当該行為をさせる相手が悪い等と考え、自らの気持ちにばかり焦点を当てて相手に対して感情的になってしまったり、逆に自分の本当の気持ちに気づかずパワハラをおこしてしまうことも考えられます。
自分の気持ちは自分が分かっていると思う人が多いと思いますが、そうでもないのです。
 
 

 中小零細企業では、経営者、社長の存在は大企業に比して大きいといえます。
社長の言うことは絶対といった社風などがあると、社長の価値基準によって従業員の行動等が左右されてしまいがちです。
社長の基準に合わない、あるいは合わせられない従業員がいると、ときとして、社長自らパワハラを起こしてしまうことも考えられます。
 
 上の立場の人によるパワハラがある組織では、本当は伝える必要のある情報が上に伝わらないことが多く、後々トラブルにつながることもあります。
 
 

【パワハラを防ぐには】
 パワハラを防ぐ必要性は頭では理解できるけれど、実際に無くしていくことはなかなか難しいかもしれません。
だからこそ、会社をあげて、社長自身もしっかりと意識をもって取り組んでいくことが求められます。
  
 ① パワハラとされる基準の認識を社内で共有する
 どういった行為がパワハラにあたるのか、研修等を通じて認識を共有できるようにします。 
一致させることは難しいと思いますが、 一般的なパワハラにあたる行為を、自分たちの身近にあることなどを挙げて検討してみると具体的にイメージし易くなります。
 
 ② パワハラを許さない姿勢を示す
 売上等で会社に貢献し、頑張ってきたと自負している上司などがパワハラをしているケースが見受けられます。
この場合、営業成績が落ちては困ると、当該上司に誰も何も言えず、下の人たちがつぶれていったり退職したりすることがあります。
   
 これでは暗黙のうちにパワハラを認めているとも言えます。 
どんなにこれまで会社に貢献していようが、パワハラは認めない姿勢を示していくことが必要ではないでしょうか。
  
 ③ 「コミュニケーション」を考える 
 コミュニケーションを考える上で重要なことの一つに、「十人十色」を今一度考えてみることがあります。
人ひとり価値観が違い、考え方も違います。
   
 しかし、この違いについて分かっているようで結構わかっていないことはないでしょうか。
自分と人は違うことを自覚し、自らの意見を言ったら、相手の意見をしっかり聴くことが必要です。
   
 プライベートなことは聞いてはいけないというし、何を話していいのかわからないといった声を聞くことがあります。
聞いてはいけないのではなく、相手の反応をきちんと見て、相手が不快に思っていることが分かったら、それ以上しつこくしないなど、相互のやり取りであることを認識することが必要なのだと思います。
自分も相手も尊重した関係を作っていくことも、ハラスメントを防ぐ方法の一つです。



出典情報
■職場のパワーハラスメントに関する実態調査
・調査主体:厚生労働省(委託事業として東京海上日動リスクコンサルティング株式会社が実施)

・調査時期:企業調査 平成28年7月~10月
従業員調査 平成28年7月
・調査対象:企業調査 全国の従業員(常勤社員)30人以上の企業20,000社、回収数4,587社
 従業員調査 全国の企業・団体に勤務する20~64歳までの男女10,000名(公務員、自営業、経営者、役員は除く)

・調査条件等:本調査では、職場のパワーハラスメントを「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」として実施。