第1回 「中小企業のメンタルヘルス対策と健康経営について」
執筆:柴田 喜幸(しばた よしゆき)先生
産業医科大学 産業医実務研修センター 准教授
Question
「中小企業でのメンタルヘルス対策。理想はわかるが、そんな余裕などない」という声を、どうとらえればよいのか?
Answer
従業員の健康は、売上・利益の源泉そのものと考える!
中小企業の方と従業員のメンタルヘルス問題のお話をしていると、「そんな対策をしている余裕はない」「面倒をみて甘やかしているより、辞めてもらって元気な新人をとった方が手っ取り早い」といったお考えをよく伺います。
聞きようによっては冷たいようでもありますが、しかし「そういうケアにお金や手間を使って、会社が潰れたら元も子もない」というお考えもよくわかります。
こうした「社員が大事か、お金が大事か」「メンタルヘルスのケアは、甘やかしか、マネジメントか」という水掛け論にはあまり発展性が見込めません。そこで今回は「ビジネス視点」で中小企業のメンタルヘルスを考えてみたいと思います。
さて、少し話が大きくなります。あなたの企業における経営課題はなんでしょうか。
ある調査では、中小企業における売上拡大の最大の課題は断トツ1位で人材不足でした(東京商工会議所,2018、※2)。
一方、別の大企業への調査(日本能率協会,2018、※3)でも、1位が収益力向上、2位が人材の確保でした。企業の大小を問わず、売上・収益を増やすうえでの深刻な課題は「人材確保」であることが見て取れます。
つまり、経営にとって最も重大なのは、製品力や営業力にもまして、その根幹を支える「優秀な人材がいてくれること」なのだと読めます。
人材不足に対する打ち手は大きく3つ、『採用』と『教育』と『離職防止』ですね。魅力ある人が来てくれて、そして辞めない会社、言い換えれば、「働きがいのある会社」にすることと考えます。
では働きがいのある会社とはどんな組織なのしょう。
働きがいにはいろんな研究や取組みがありますが、その1つがワーク・エンゲイジメントです。これは,「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態」で、活力,熱意,没頭によって特徴づけられます.そして、これらが揃っていることは、生産性にも強く影響してくると言われています(※4)。
では、このワーク・エンゲイジメントを高めるにはどうしたらよいのでしょうか。
それには、個人の要因のほかに仕事や環境の要因があると言われています。例えば、
*上司・同僚のサポート
*仕事の裁量権
*行った仕事に対するフィードバック
*教育の機会
等がそれにあたります。
そしてそれらは、奇しくも、メンタルヘルスの状態を左右する原因とも通じています。
つまり、メンタルヘルス状態を良好にすることは、ワーク・エンゲイジメントを高め、ひいては仕事の成果(パフォーマンス)に結びつくのであれば、甘い・辛いという感情を越えて、是非強化しなければいけませんね。
表1は、その代表的な考えを簡単に整理したものです(※5)
表1 メンタルヘルスに影響することがら
| |
名称 |
意味合い(職場で留意すべきこと)
|
| 1 |
仕事の要求度とコントロール
|
仕事の要求度が高くなるに伴って、より本人が
その進め方(裁量権や自由度など)をコント
ロールできるようにすること |
| 2 |
仕事の要求度に応じた資源 |
仕事の要求度に応じた上司や周囲の支援がある
こと |
| 3 |
努力と報酬の均衡 |
仕事のための努力に対して得られる報酬が少な
いと感じられた場合に、より大きなストレス反
応が発生するので適正・適切な報酬を与えるこ
と。
報酬とは、経済的・心理的報酬(尊重)・ キャ
リア(仕事の安定性や昇進)も含む |
また、上表の3では、「組織公正性」の視点も重要です。それには大きく次の4要素があります。
⑴「分配」:給与や役割の分配の公正性
⑵「手続き」:それを決めるに至ったプロセスの公正性
⑶「情報」:情報を偏りなく、平等に与えているか
⑷「対人関係」:公正に扱っているか、尊厳をもって接しているか
こうしたことも、個々人のメンタルヘルス、ひいてはやる気、生産性にも影響していきます。
ここまでを整理してみると、働きやすさややりがいは、社員を甘やかすとか、余裕があったら手を打つということではなく、経営そのものだといえましょう。
また、ハーズバーグという人は、人のやる気には「働きやすさ」(衛生要因)と「やりがい」(動機づけ要因)が必要であると説きました(※7、表2)。
表2 働きやすさとやりがい
| |
例 |
特徴 |
やりがい
(動機づけ要因) |
達成・承認・仕事内容・責任・昇
進・成長やその可能性など |
多いほどやる気につながる |
働きやすさ
(衛生要因) |
組織の方針・人間関係・職場の環
境・身分・安全保障・給与や福利
厚生 |
整っていないと不満につなが
る(あっても当たり前) |
(ハーズバーグの2要因理論を柴田が要約)
また、GPTWという団体では、「働きがいのある会社」をこの2つの要因から分析し、調査や表彰をしています。そして、両方がかね備わった組織は、成長すると唱えています(※8)。
これはたとえば、冒頭に挙げた、人材の確保にも大きく影響するでしょう。こうした第三者機関により「この会社は働きがいがある」と認められれば、優秀な人もとりやすくなるでしょう。また、働く人自身が評価する仕組みですので、そもそもこのスコアが高く表彰される組織は「働きがい」があるわけで、人の流出も少ないと考えられます。
いま、会社がビジネスを進めていくには人材の確保が大きな課題であること、そしてそれには、働きがいに手を打つことが重要であると述べてきました。
昨今、このことを産業保健の視座から進めているのが、昨年度の連載にもある「健康経営」です(※9)。この活動に取り組んでいる証でもある「健康経営優良法人」への申請数も右肩上がりで進んでいます。
これは「義理人情」ではなく、企業が競争に勝っていくための必須事項になっていく現れなのかもしれません。
こうした流れを読みとり、従業員のメンタルヘルス対策を、「経営そのもの」という視点で取り組んでください。

<参考資料 等>
※1 https://www.anshin-kokoro.com/health_and_productivity_management-index.html 等
※2 http://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=117373 p5
※3 https://www.jma.or.jp/img/pdf-report/keieikadai_2018_sokuho.pdf
※4 島津明人「ワーク・エンゲイジメント」,労働調査会(2014)
※5 労働政策研究・研修機構.「中小企業における人材の採用と定着 (Report). 労働政策
研究報告書 147」. (2012). 第II部第3章 等を柴田が要約
※6 井上彰臣「職業性ストレスと組織的公正」,ストレス科学研究 2010,25,7-13
※7 ハーズバーグ「仕事と人間性」,東洋経済(1999)
※8 Great Place to Work® https://hatarakigai.info/hatarakigai/
※9 森晃爾「成果の上がる健康経営の進め方」、労働調査会(2016)
第2回 「ストレスチェック結果の活かし方」
執筆:森本 英樹(もりもと ひでき)先生
森本産業医事務所 代表 / 医師/社会保険労務士
Question
ストレスチェックが法制化されて、しばらく経ちました。うちの会社は、ストレスチェックを実施して集団分析をしています。集団分析の結果は人事がとりまとめて社長に報告していますが、それ以外はしておりません。実際、従業員の間でもマンネリ化してきているように思います。少なくない費用を支払っていますので、何か次の一手を考えたほうがいいとは思いますが、どうすれば良いのでしょうか。(製造業 人事)
Answer
ストレスチェックの活用には工夫が必要です。最近は色々なツールがあるので活用できます。
【ストレスチェック制度の現状について】
ストレスチェック制度が2015年度にはじまり、早くも5年が経過しました。周知が進み、2018年の行政の統計では100人~299人規模の事業場で95%を超える実施率となっていますし、法律では努力義務となっている10人~29人規模の事業場でも実施率が半数を超えています。
それではストレスチェック結果はどのように活用するのでしょうか。ストレスチェック実施後の対応は2つに分かれます。1つは個別対応です。高ストレス者に対して、希望者に医師の面接指導を受けさせる必要があり、事業者の義務となっています。2つ目は集団分析です。組織の健康度を調べることができ、努力義務となっています。ここでは集団分析について解説していきます。集団分析を実施した事業場は、10人~299人の事業場で、72.0%、100人~299人の事業場で81.4%でした。
【ストレスチェック対策の注意点】
ストレスチェックの初年度や2年目の時点では、従業員は新鮮な気持ちで受検します。しかし他の企画と同様、いずれ新鮮さは失われ例年行事として取り扱われます。これは悪いことではありませんが、ストレスチェックが完全にマンネリ化するまでの間に「ストレスチェックを活かしたより良い職場づくり」に取り組むことが大切だと感じています。
とはいえ、結果を早急に求めることも避けるべきです。ストレスチェックの結果に基づいた介入は管理職や主任クラスにとってイヤなものです。「あなたの部署はストレスが多いから何とかしなさい」と言われると、言い訳を考えたくなったり、反発したくなったりするのが人間です。そしてストレスチェックの結果は、各従業員の意向によって左右することができます。
高ストレスだと言われた職場だけを対象に、「何か対策を立てなさい」とだけ話を進めると、その部署の管理職は「忙しいのにもかかわらず、さらに余計な仕事が増えた。しかも丸投げされた。」と考えがちです。そして、翌年になると、「今年のストレスチェックでも色々言われるのは勘弁だから、軽めに書いておこう」とその部署のスタッフは考えます。その結果は、「対策を立てたから部署のストレスが軽くなった」と喜ぶことになります。しかし、それでは内容が伴っていません。
【ストレスチェックの具体的な進め方】
それではどのようにすれば良いのでしょうか。ポイントは2つあります。1つ目は、部署に丸投げするのではなく、連携できる環境を整えること。2つ目は一気に展開するのではなく、2-3年程度かけてステップアップすることです。
1つ目の連携とは、旗振りをする部署(小規模ですと人事担当部門、大きくなると産業保健部門)が、集団分析後の職場にアプローチをする部署のことを、どれだけ知っているか/知ろうとしているかという視座です。より端的な言い方をすると、ストレスチェックをして高ストレス部署だとはじめて気づくという状態では、その後の対策はうまく進まないことが多いと感じます。従来から負荷がかかっている部署であることを認識しており、ストレスチェックによって数値化されることで、その認識が正しかったと確認する状態であることが、ストレスチェック対策の第一歩だと思います。つまり、ストレスチェック対策の旗振りをする部署は、それぞれの部署のことを良く知っており、ある程度本音で話ができる環境が必要です。
2つ目として、部署の感触を見ながら2-3年程度かけてステップアップすることです。まずは分析単位を会社単位だけでなく細分化し、部署別、男女別、就業内容別(製造、営業、事務など)などで集団分析を行ってみます。公開範囲は社風を踏まえた上での判断になりますが、当面は各管理職に結果を伝え、対策案のフィードバックを求めます。
各部署からフィードバックを求める際は、ネガティブなことだけを報告してもらうのではなく、ポジティブなことをさらに伸ばすという視点を含めてください。例えば、1)職場の良い点・改善が必要な点 2)集団分析から見た良い点・改善が必要な点 3)1)2)を踏まえて来年度のストレスチェックまでに何らかの対応をとろうと思う内容 の3点を書いてもらうなどです。
これらの対策についてストレスの高い部署にだけ対処を求めることが多いことを耳にします。しかし前述した理由から、一部のストレスの高い部署に限定して取り組みを求めることを避けるべき会社も多いのではないでしょうか。あくまで「良い職場を作ることはどの部署にとっても重要だ」という視点のほうが、それぞれの部署が違和感なく取り組めるように感じています。

【より良い職場づくりのためのツール】
あんしん財団では、心の健康づくり対策充実度診断を無償で提供できるようにしています。これは基本的には会社単位での取り組みの状況を把握するために用いるツールですが、部署単位での取り組み状況を確認することもできます。その他、職場環境改善のためのアクションチェックリスト、快適職場調査なども導入を検討できるツールです。より良い職場づくりはファシリテーション技術等種々のスキルがあることが望ましく、極力 経験者に初回は関与してもらうことを推奨します。
また、職業性ストレス簡易調査票の57項目ではなく、新職業性ストレス簡易調査票といって80項目などの多項目版を活用することもできます。項目が増えることで、ワークエンゲイジメント(仕事に積極的に取り組み、仕事で活力を得ている状態)などポジティブな指標を測定できます。一方で、項目には「自分の仕事に見合う給料やボーナスをもらっている」、「人事評価の結果について十分な説明がなされている」といった人事面のセンシティブな内容を含むことから、社内への影響を検討した上での導入が必要です。
多項目版が難しい場合には、仕事の満足度の指標にも着目してください。健康リスクが高い職場のうち仕事の満足度が低い職場は、より注意が必要な職場です。一方で、高めのストレス度であっても仕事の満足度が高い職場は、現状を許容できる可能性もあります。
引用)
厚生労働省.平成30年 労働安全衛生調査(実態調査) 結果の概況.
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/h30-46-50b.html
あんしん財団.心の健康づくり対策充実度診断.
https://www.anshin-kokoro.com/Portals/0/resources/tool/shindan_dl.pdf
中央労働災害防止協会.働きやすい職場づくりのために「職場のソフト面の快適化のすすめ」
http://www.jaish.gr.jp/user/anzen/sho/sho_07.html
第3回 「メンタル不調も引き起こすパワーハラスメント」
執筆:本山 恭子(もとやま きょうこ)先生
本山社会保険労務士事務所 代表 / 特定社会保険労務士/行政書士/公認心理師
パワーハラスメント(以下、「パワハラ」という。)に関する法律が、2019年6月に公布されました。大企業は、公布から1年以内の政令で定める日から施行されます。中小企業は、3年間は努力義務として始まります。
この法改正によって「職場におけるパワーハラスメント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じること」が事業主に求められることになります。
具体的な講ずべき措置の内容等については今後指針において示される予定ですが、法律による職場におけるパワハラの定義は次の3つの要素のすべてを満たすものとされています。
(1)優越的な関係を背景とする
(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動による
(3)就業環境を害すること(身体的若しくは精神的な苦痛を与えること)
法律において定められるほど問題になっているという見方もできるパワハラに関し、メンタルヘルス不調との関係等についてみていきたいと思います。
図1 都道府県労働局への相談件数(出典:あかるい職場応援団)
図1は各都道府県労働局等に設置されている総合労働相談コーナーに寄せられた相談件数を表しています。
平成24年に相談内容としてトップとなり、それ以降も引続き件数が伸びています。
② パワハラの内容
図2 受けたパワーハラスメントの内容(出典:あかるい職場応援団)
図2は受けたパワハラの内容です。精神的な攻撃が突出しています。
上記の「その他」以外の項目は、
2012年に「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキンググループ」による報告に挙げられた、
6つのパワハラ類型です。
具体的に次のようなことが挙げられています。
表1 パワーハラスメント6つの類型(図2の情報に本山加筆)
| 類型 |
具体的内容例 |
| 精神的な攻撃 |
人格を否定するようなことをいう
皆の前で大声で𠮟責をする |
| 過大な要求 |
一人ではとても無理だとわかるような質・量の仕事を一人でやらせる |
| 人間関係からの切り離し |
挨拶をしても無視する
部署の飲み会等に誘わない |
| 個の侵害 |
プライベートなことについて嫌がっているのにもかかわらずしつこく
聞いたり、からかったりする |
| 過小な要求 |
故意に簡単な業務ばかりさせる |
| 身体的な攻撃 |
たたく、胸ぐらをつかむ、足で蹴る、物を投げる |
③ パワハラによる職場への影響

図3 パワハラによる職場への影響(出典:あかるい職場応援団)
図3はパワハラによる影響を示したものですが、パワハラを受けた従業員に限らず、心の健康を害し、
職場の雰囲気が悪くなり従業員が能力を十分に発揮できなくなり、人材流出にも影響していることが分かります。
昨今の人材不足、採用困難を考えると、パワハラによって失うものはかなり大きいといえるでしょう。
【パワハラが起こる理由】
次にパワハラが起こる理由をいくつか考えていきましょう。
組織的視点
① コミュニケーション不足
必要な情報等の共有ができていないことが挙げられます。
「言わなくてもわかるだろう」「見て覚える」といった考え方を持っていたり、あるいは、伝えているつもりで実際には伝わっていないこと等から、必要以上の指導等につながることがあります。
② パワハラを生んでしまう社風
自由に意見が言えない、上の言うことには絶対服従、多忙による余裕のなさ、売上絶対主義など会社ごとにある社風によって、パワハラが生まれやすくなることがあります。
個人的視点
① 自分の持つ「べき」基準を絶対視
人は様々な「こうあるべき」といった考え方を持っています。
これがときとして自らを苦しめメンタル不調を引き起こすことがありますが、ときには他の人に向かうことがあります。
人それぞれ感じ方、考え方等が違うことをついつい忘れ、あるいは気づかず、自分が持っている「べき」ルール・基準の絶対視がパワハラにつながることがあります。
② 相手または自分の気持ちを考えないまたは無視
パワハラを行うとき、当該行為をされた人がどのような気持ちになるか考えていないあるいは、気づいていたとしても無視することがあります。
または、当該行為をさせる相手が悪い等と考え、自らの気持ちにばかり焦点を当てて相手に対して感情的になってしまったり、逆に自分の本当の気持ちに気づかずパワハラをおこしてしまうことも考えられます。
自分の気持ちは自分が分かっていると思う人が多いと思いますが、そうでもないのです。
中小零細企業では、経営者、社長の存在は大企業に比して大きいといえます。
社長の言うことは絶対といった社風などがあると、社長の価値基準によって従業員の行動等が左右されてしまいがちです。
社長の基準に合わない、あるいは合わせられない従業員がいると、ときとして、社長自らパワハラを起こしてしまうことも考えられます。
上の立場の人によるパワハラがある組織では、本当は伝える必要のある情報が上に伝わらないことが多く、後々トラブルにつながることもあります。
【パワハラを防ぐには】
パワハラを防ぐ必要性は頭では理解できるけれど、実際に無くしていくことはなかなか難しいかもしれません。
だからこそ、会社をあげて、社長自身もしっかりと意識をもって取り組んでいくことが求められます。
① パワハラとされる基準の認識を社内で共有する
どういった行為がパワハラにあたるのか、研修等を通じて認識を共有できるようにします。
一致させることは難しいと思いますが、 一般的なパワハラにあたる行為を、自分たちの身近にあることなどを挙げて検討してみると具体的にイメージし易くなります。
② パワハラを許さない姿勢を示す
売上等で会社に貢献し、頑張ってきたと自負している上司などがパワハラをしているケースが見受けられます。
この場合、営業成績が落ちては困ると、当該上司に誰も何も言えず、下の人たちがつぶれていったり退職したりすることがあります。
これでは暗黙のうちにパワハラを認めているとも言えます。
どんなにこれまで会社に貢献していようが、パワハラは認めない姿勢を示していくことが必要ではないでしょうか。
③ 「コミュニケーション」を考える
コミュニケーションを考える上で重要なことの一つに、「十人十色」を今一度考えてみることがあります。
人ひとり価値観が違い、考え方も違います。
しかし、この違いについて分かっているようで結構わかっていないことはないでしょうか。
自分と人は違うことを自覚し、自らの意見を言ったら、相手の意見をしっかり聴くことが必要です。
プライベートなことは聞いてはいけないというし、何を話していいのかわからないといった声を聞くことがあります。
聞いてはいけないのではなく、相手の反応をきちんと見て、相手が不快に思っていることが分かったら、それ以上しつこくしないなど、相互のやり取りであることを認識することが必要なのだと思います。
自分も相手も尊重した関係を作っていくことも、ハラスメントを防ぐ方法の一つです。

出典情報
■職場のパワーハラスメントに関する実態調査
・調査主体:厚生労働省(委託事業として東京海上日動リスクコンサルティング株式会社が実施)
・調査時期:企業調査 平成28年7月~10月
従業員調査 平成28年7月
・調査対象:企業調査 全国の従業員(常勤社員)30人以上の企業20,000社、回収数4,587社
従業員調査 全国の企業・団体に勤務する20~64歳までの男女10,000名(公務員、自営業、経営者、役員は除く)
・調査条件等:本調査では、職場のパワーハラスメントを「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」として実施。
第4回 「部下の残業時間を新しい視点で減らそう!」
執筆:酒井 洸典(さかい こうすけ)先生
産業医科大学 産業保健経営学研究室
Question
早く帰るように言ってもなかなか残業時間の減らない部下たちに対して上司ができる工夫はありませんか?
働き方改革時代。24時間働けますかの時代は終わり、いかに生産性の高い仕事をするかということが求められています。
そうはいっても、多くの企業では受注がある限りは、売り上げを減らすわけにはいかず、トータルの生産量は減りません。1人当たりの負担を減らすために新しい人を雇用するにもお金がかかるし、雇用しても仕事に慣れるまでは教育する必要があります。
このような状況を総括すると、今働いている従業員に効率よく働いてもらうしかありません。
そんな時に有効な解決策のヒントは最近話題の「行動経済学」にあります。
2002年にダニエル・カーネマン氏がノーベル経済学賞を受賞したことをきっかけに日本でも話題に上がるようになりました。町の本屋さんに行くと行動経済学に関する特別コーナーが設けられていることもあります。
今回は行動経済学に初めて触れる方にもその有効性と汎用性をわかりやすい言葉で伝えたいと思います。
1つ目に紹介するのは時間選好というものです。
将来の利益よりも目の前の利益に飛びつく性格を意味しています。
朝のうちにやろうと思っていた企画書の作成より、本棚の整理を優先した結果、企画書の完成が夜中になってしまったというのは、一つの例です。
ここには、夏休みの宿題を先延ばしにしているうちに新学期直前になるということと同じ原理がはたらいています。全員がそうではないかもしれませんが、残業が多い人にはこういった性格の人がたくさんいると考えられています。
残業の全面禁止が現実的解決方法でない場面で、その日の締め切りを設定することで残業時間削減を達成しました。ある企業では残業を禁止にする代わりに、朝早く出勤することを許可したことが功を成しました。
加えて、上司として従業員への仕事の振り方でも有効な方法があります。
3件の報告書の締め切りをまとめて同じ日にするのではなく、締め切りまで日数を3つに分割し報告書毎に締め切りを設けると従業員自身が正確な進捗を把握できるようになり、結果として期日内の提出率向上が期待できます。
性格傾向をあらかじめ想定して、はやめに対処できるように仕事を分割することで、仕事の負荷を一定期間に分散させることになるのです。
2つ目に紹介するのは同調効果というものです。特に日本人はまわりがどうしているかということに影響されやすいと考えられています。その影響のされやすさを利用した情報を発信することが有効だと考えられます。
「今月の残業時間45時間超の人は〇人でした」と公表することよりも「昨年同時期に残業時間45時間超だった人のうち90%が残業時間削減に成功しました」と公表することで会社の大多数の従業員が残業時間を減らしていることが伝わります。
この言い回しはフレーミング効果とともに語られ、同じ意味の内容でもどのように伝えるかによって相手に与える印象が違うことを利用しようというものです。
具体的には医療現場などではよく取り上げられています。「この手術で生存する確率は90%です」と言われるのと「この手術で亡くなる確率は10%です」と言われるのとでは前者の方が手術を受けることにためらいを感じにくいとされています。
3つ目は仕事全体量を減らすための策を検討したいと思います。
今回の質問では難しいことが前提とされていますが、行動経済学でその前提に突破口を探していきましょう。
行動経済学にはナッジ理論と呼ばれるものがあります。以下にご紹介する事例をヒントに皆さん自身の仕事改善へのヒントを探しましょう。
1999年、様々な人々が行き来するオランダのスキポール空港である実験が行われました。男子トイレの使用状態がわるく、衛生環境を維持するのに多くの清掃費用がかかり、空港職員はとても困っていました。
そこで、小便器の下に一匹のハエが飛んでいる絵を描いたシールを貼ったところ、トイレの清掃費は8割のコスト削減が達成されました。
シールは「人は的があるとそこにねらいを定めたくなる」という人間の特性を利用したものでした。ただシールを貼るだけのアイデアと工夫で大きな効果が発揮されるということがわかりました。
コンビニのレジ前の床にはってある矢印のシールもそれです。「人は矢印をみるとその方向を向いてしまう」という特徴をつかんでいます。並んでくださいと誘導する業務はこれによって削減されることになります。
ここで紹介したもの以外にもインターネットで検索しただけで、多数の事例が見つかります。それらを総括すると行動経済学の効果は以下の5つがあると考えています。
|
①
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仕事そのものの質や量を改善する効果
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②
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社員の仕事の取り組み方を改善し、効率的にかつ安全に仕事を行う効果
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③
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職場でのコミュニケーションを活性化する効果
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|
④
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社員が自身の性格傾向を知り、健康や安全行動を即す効果
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⑤
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職場を働きやすい環境にする効果
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もちろん職場が違えば、労働状況は大きく違います。そのため、他の場所でうまくいったものをそのまま取り入れても有効でない場合があります。
いろいろなアイデアの宝庫に触れ、普段とはちょっと違ったアプローチで職場の働き方改革へのチャレンジをしてみてはいかがでしょうか。
冒頭のお悩み相談へ行動経済学の知見を活用すると、仕事量を減らすナッジを探し、トラブル時に慌てないように仕事の締め切りを分割する。そして、多くの社員が残業を減らしていることを強調すること、などの対策になるやもしれません。
読者のみなさんが行動経済学を学び、部下の残業時間削減が達成されることを期待しています。
【参考文献】
・リチャード・セイラ―「セイラ―先生の行動経済学入門」ダイヤモンド社
・ダニエル・カーネマン「ファスト&スローあなたの意思はどのように決まるのか?」(上・下)ハヤカワ・ノンフィクション文庫
・ダン・アリエリー「予想どおりに不合理」ハヤカワ・ノンフィクション文庫
・大竹文雄「行動経済学の使い方」岩波新書
・佐藤雅彦「行動経済学まんがヘンテコノミクス」マガジンハウス
第5回 「健康経営、まずは最低限ところからでも始めよう」
執筆:洞澤 研(ほらさわ けん)先生
社会保険労務士法人人事総務パートナーズ 代表/特定社会保険労務士
Question
「メンタルヘルス対策・健康経営に取り組みませんかと、社長に言っても受け入れてもらえません。
何か良い方法はありませんか?
Answer
社長に関心無い場合ですが 健康経営に取り組むための特効薬というものは残念ながらありません。
「最低限の法律を順守しているか?」からスタートしてみると対策が不十分な場合が多いので、
まずは法律上実施しなければならない部分から取り組むのが良いでしょう。
1.中小企業の従業員の方たちから「私が働いている会社でもぜひメンタルヘルス対策や健康経営を実践したいと思うのです
が、社長に関心無いんです」、「社長に健康経営の重要性について話をするも取り合ってもらえない」というご相談を受け
ることがよくあります。
私自身、社会保険労務士として中小企業の労務管理や経営者へのアドバイスを行ってきておりますが、中小企業、特に創業
してから年数が経過していない企業の場合、社長が従業員のメンタルヘルスや
健康経営に残念ながら関心が無い事が多い
です。
そういった「社長がメンタルヘルス・健康経営 への 関心が無い場合」ですが、私の方からは社会保険労務士として
「最低
限、法律を守るレベルでのメンタルヘルス対策および健康経営ができているか?」を確認し、多くの中小企業では対策が不十
分であるのが実情であることから、まずは法律上最低限の部分からでもメンタルヘルス対策・健康経営へ取り組むようにアド
バイスいたします。
ここでは、チェックしてみたいポイントをピックアップいたします。
2.企業として最低限取り組まなければならないメンタルヘルス対策・健康経営
| ① |
職場のセクシャルハラスメント対策はできているか?
|
| ② |
職場のパワー・ハラスメント対策はできているか?
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| ③ |
従業員の雇い入れ時の健康診断、定期健康診断を実施しているか?
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| ④ |
定期健康診断実施後に有所見であった従業員のフォローができているか?
|
| ⑤ |
衛生管理体制 (衛生管理者、産業医、衛生委員会の設置・運営、衛生推進者の選任など)ができているか?
|
| ⑥ |
従業員の労働時間に関して36協定違反がないか?そもそも労働時間が適正に管理されているのか?
|
| ⑦ |
従業員に年間5日間以上年次有給休暇を取得させているか?
|
上記チェック項目は、全ての企業において義務化もしくは義務化が予定されている内容(⑤は一定規模以上の企業のみ)とな
ります。
まず、職場のセクシャルハラスメント対策については会社(事業主)が雇用管理上講ずべき措置として、厚生労働大臣の指針
により10項目が定められており、会社(事業主)は、これらを必ず実施しなければなりません。
次に、職場のパワーハラスメント対策ですが労働施策総合推進法が改正となり 2019 年 6月5日に公布され、職場における
パワーハラスメント防止のために、雇用管理措置を講じることが事業主の義務となり、適切な措置を講じていない場合には
是
正指導の対象となることになりました。
(パワーハラスメントの措置義務については、中小企業は、公布後3年以内の政令で定める日までの間は努力義務となります)
特に メンタルヘルス対策の重要な要素となるパワーハラスメント対策は、どの企業も今後取り組んでいかなければいけない
課題だという事ができます。
従業員の健康診断に ついては、定期健康診断は実施しているが、健康診断実施後のフォロー(有所見者に対して、再検査の
受診を勧める。健康診断の結果について医師による意見聴取を行う)までできていない企業が多く見受けられます。
労働基準監督署の調査が入った場合、定期健康診断の実施だけでなく受診後のフォローが不十分であると、是正勧告の対象と
なりますので、定期健康診断実施後のフォローもしっかり行うようにしましょう。
衛生管理体制ですが、全ての業種において事業場(1拠点単位)の規模で50人以上常時使用する労働者がいる場合、衛生管
理者(業種によっては安全管理者も )、産業医の選任と労働基準監督署への報告が義務とされており 、衛生委員会(業種によっ
ては安全衛生委員会)の設置および委員会を毎月1回以上開催することが義務付けられています。
そして常時使用する労働者数が50人未満の事業場の場合でも10人以上労働者を使用する場合、衛生推進者(業種によって
は安全衛生推進者)を選任し、関係労働者へ周知することが義務付けられています。
なお、労働基準監督署の調査でも衛生推進者もしくは安全衛生推進者が選任されていないと是正勧告の対象となりますので、
10人以上50人未満の規模の企業の方は、特に注意するようにしましょう。
労働時間の管理であったり、長時間労働の抑制、年間5日間以上の 年次有給休暇の取得などに関しても、働き方改革により
義務化もしくは義務化が予定されているものがありますのでしっかりチェックしましょう。
3.まとめ
いかがでしたでしょうか?「うちの会社はメンタルヘルス対策や健康経営は必要ない」と言っている企業ほど「法律上最低限
守らなければならないメンタルヘルス対策および健康経営への取り組み」ができていない事が多いです。
まずは法律上最低限の部分についてクリアすることを目標としてメンタルヘルス対策、健康経営に取り組んで頂けたらと思い
ます。

第6回 「健康経営に成功した中小会社が経験した本当の成果とは?」
執筆:森 晃爾(もり こうじ)先生
産業医科大学 産業生態科学研究所 教授
最近、健康経営を導入して、心から「健康経営を入れてよかった」と思っている経営者の話を聞く機会を増やしています。
私たちのような医学・保健面から健康経営にアプローチしている専門家は、「健康に取り組むと従業員の心と体が健康になり、それによって貴重な人材資源を失うことを防ぐことができる」といった、健康文脈で成果を考えがちです。
しかし、話を聞いていると、それ以上の経営上の効果が明確に表れているようです。
Question
中小会社で健康経営を行うと経営上どんないいことがあるのでしょうか。事例を教えてください。
Answer
私たちがみてきた健康経営成功事例は、どこも二つの成果が顕著に表れているようです。
その1
経営者と従業員間や従業員間の信頼関係が向上し、そのことは「自分たちはいい会社で働いている」とか、「この会社で長く働きたい」といった従業員満足が向上し、そのことは顧客に対しても丁寧な良いサービスを提供できることに繋がり、顧客満足が向上する。
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その2
会社を辞めたいという従業員が減るだけでなく、採用面でも、募集をかけなくても「この会社で働きたい!」という就職希望者が増え、やる気のある人材の確保が容易になる。それによって、採用のための費用が大幅に削減され、その浮いた費用を次の健康プログラムに投資ができるといった好循環が生じる。
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最初は、私たちも「本当なの?」という半信半疑な気持ちで聞いていましたが、どうもそれは当たり前の成果であると思うようになりました。
健康経営は、経営者が従業員の健康に気遣い、そのための投資をする行動を起こします。最初は、「なんで個人的なことに、おせっかいを受けないといけないのか?」という反発もあります。
しかし、だれもが自分の健康を気遣ってくれることは、ありがたいと思うことは当然ではないでしょうか。さらに、健康という極めて個人的でだれにとっても共通なテーマは、他のテーマによるコミュニケーションに比べて、従業員間の信頼関係を高める効果が強いようです。
そのような職場を訪問すると、インタビューに行った私たちも、とてもいい気持ちになります。これは、ビジネスの上でも同じことでしょう。
健康経営に取組むことの意味を見出した経営者は、多くの会社にその価値を伝えたいとの思いから、自社の取組みを紹介する機会を増やします。
ホームページにも、自社の取組みを積極的に紹介します。本人の希望の場合もありますが、それを見聞きした家族が「この会社で働けるといいんじゃないの?」といった勧めもあり、中小会社でも応募が増えるようです。
誰もが、自分を大切にしてくれる会社で働きたいはずですので、当然のことかもしれません。
これらの成功は、経営者の健康経営への意欲を高めることになり、次の投資につながることになります。
そして長い取組みの結果、従業員の健康度は向上し、病気で休む従業員は減っていくことになります。持続可能性が本当に高い「いい会社」に成長していっています。
※ 森 晃爾教授が伝える中小企業のための「健康経営ゼミナール」も併せてご覧ください。