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「中小企業で取り組む労働衛生週間」 ~メンタルヘルス対策編

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「中小企業で取り組む労働衛生週間」 ~メンタルヘルス対策編






【執筆者:柴田 喜幸(しばた よしゆき)氏】

プロフィール
産業医科大学 産業医実務研修センター副センター長 教育教授

熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程にて、鈴木克明教授に師事し、教育設計学(インストラクショナル・デザイン)を学ぶ。社会人教育を行う企業で、営業・開発・事業責任者を経て、2008年より産業医科大学 産業医実務研修センター 准教授。医師・保健師・企業の方々等を対象に「教え方を教える」ワークショップを行うほか、併行して東京医科歯科大学大学院、熊本大学大学院、三重大学大学院等の非常勤講師を歴任。
NHKデイレクター 武井博氏に師事しシナリオ技術を学び、放送台本執筆や舞台制作に携わる。「産業保健スタッフのための教え方26の鉄則」(中央労働災害防止協会)等多数の著書がある。


1.はじめに ~経営のためにも従業員をケアする

大きく体調を崩した社員Aさんの処遇についての、ある経営者の話です。
「3か月先のことを考えたら、不調者をクビにして元気な新人を入れた方が利益になる。しかし1年先のことを考えたら、その不調者を大切にした方が会社の利益になる」。
これは、愛媛県に本社を置きチェーン展開をする明屋書店の元社長、小島俊一氏(現 元気ファクトリー株式会社(https://land-eye.jp/)代表)の言葉です。
 
氏はこう続けます。
「これはヒューマニズムの観点で言っているのではなく、純粋に資本の論理です。1人の不調者が出たときに経営者がどんな対応をするのかを、社員は物陰からじっと見ている。そして、自分がその不調者の立場になった時どんな処遇を受けるのかを重ねる」、と(以上、要旨)。

そこで多くの従業員から信頼を失うと、仕事や会社に対する情熱や愛着に悪影響が想定されましょう。生産性はもとより、ひいては他の優秀な従業員の退職や競合への転職、そして採用にも大きく影響することが想像に難くありません。
このことは、仕事に関連する前向きで充実した心の状態「ワーク・エンゲイジメント」という考え方でも説明がされています。
「仕事の資源」の充実はワーク・エンゲイジメントを高め、それはさらに業績や定着といった事業成果の向上が期待できるというもの。その「仕事の資源」とは、「経営への信頼」「上司・同僚の支援」「失敗を認める職場」などで構成されています※1。(図1)

実際、小島氏は倒産寸前にあった同社から請われて社長に就いたのですが、3年でV字回復させました。その方針は「従業員を大切にする」でした。
この評判は広がり、採用に手を焼いていた同社には東大をはじめとした国立大卒の優秀な学生が数多くエントリーするようになり、離職も減りました。「従業員を大切にすることが会社の発展に寄与する」を実証した好例でしょう。

 

【 図1:仕事の資源(職場のありよう)と成果】
 「ワーク・エンゲイジメント」(島津,2014 労働調査会)p44-50を著者要約

2.中小企業のメンタルヘルス対策の手札

さてこのこと、つまりは「不調者対策を含めた従業員を大切にすることが業績に寄与する」という考えを、今回のテーマである中小企業におけるメンタルヘルス対策に紐づけて考えてみましょう。
メンタルヘルス不調への対応で望まれるのが、ご存じの
 ●未然防止(1次予防)
 ●早期の発見・対策(2次予防)
 ●長期の欠勤や休職者の回復・復帰支援(3次予防)
です。

しかし、従業員の皆さんは働きに来ているのであり、不調の予防や不調者のケアをしにきているわけではありません。中には不調者により「しわ寄せ」が来ていることもあるでしょうから、内心穏やかではないかもしれませんね。どうしたらよいのでしょうか。
そこで期待されるのが、トップ方針としての「仕事の資源」の強化です。
中小企業の強みはなんといっても、トップの影響力と浸透のスピードですね。
しかし、トップの掛け声だけですべてが進むわけではありません。

ここで出てくるのが、「組織開発」という考え方と手法=手札です。
「組織開発」とは、さまざまな定義があるようで、例えば「組織内の当事者が自らの組織をよくしていくこと」などはわかりやすいものの1つです※2。

そのためには次の 3つのステップがあると言われています※3。
 ⑴見える化:自分の職場の問題を調査や語り合いで「見える」ようにする
 ⑵対話:「見えた」問題を関係者一同で真剣に話し合う
 ⑶未来づくり:「これからどうするか」を関係者一同で決める
このステップを、「仕事の一環」として進めていくのです。なぜなら、前述のようにこれは会社組織の利益向上に結びつくと期待できるからです。

3.まとめにかえて

これは、例えば製造現場で行われてきた小集団活動とよく似ていますね。不良品発生や納期遅れ、繰り返されるクレームなどを、部門全員で集まって上記のようなステップを踏んで改善・解決していくものです。
これを製品やサービスにとどめず、「日々働く職場のありよう」にも応用していき、メンタルヘルスの対策の一助とするわけです。小集団活動を喜んで始めたがる従業員をあまり見たことがありません。多くはトップダウンで仕方なく始まり、やがてその効果を実感し、良いサイクルが回りだすのです。
そのこともこの「組織開発」、なかんずく「仕事の資源」の改善にも通ずるでしょう。

良い職場を作ることは、全社のみならず、部・課・係・営業所...といった、あらゆる「人の集まり」のトップ・リーダに期待されていることです。
それは、冒頭の小島氏の言葉を借りれば、単なる義理人情ではなく事業を発展させていく骨太な方法といえましょう。

この労働衛生週間をきっかけに、「組織開発」を呼びかけてみませんか?

【参考資料】 

※1 島津明人「ワーク・エンゲイジメント」(2014,労働調査会)p44-50
※2 中村和彦「入門 組織開発」(2015,光文社)p70
※3 中原淳「組織開発とは何か?」(2018,ダイヤモンド社「組織開発の探求」出版記念セミナー)



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厚生労働省報道発表資料(令和3年7月12日)