この記事は2020年10月連載開始、順次公開されています。
【監修:柴田 喜幸(しばた よしゆき)先生】
プロフィール
産業医科大学 産業医実務研修センター准教授
熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程にて、鈴木克明教授に
師事し、教育設計学(インストラクショナル・デザイン)を学ぶ。
社会人教育を行う企業で、営業・開発・事業責任者を経て、2008年より
産業医科大学 産業医実務研修センター 准教授。医師・保健師・企業の
方々等を対象に「教え方を教える」ワークショップを行うほか、併行し
て東京医科歯科大学院、熊本大学大学院、広島大学等の非常勤講師を歴任。「産業保健スタッフのための教え方 26の鉄則」(中央労働災害防止協会)等
多数の著書がある。
第1回「連載開始にあたって」
【執筆:柴田 喜幸(しばた よしゆき)先生】産業医科大学 産業医実務研修センター 准教授
【経営課題の変遷】
従来、企業経営の悩みの定番は収益性や技術力でした。しかしシンクタンクの調査(※1)
を見ると、近年では「人材強化」が挙げられています。
調査結果を少し細かく見ると、「現在の課題」(図1-3)という問いに対して、40年前は9割の企業が「技術力の強化」を挙げてダントツでしたが、現在では10%を切りトップ6のうち最下位です。一方で、「人材強化」は、2004年を境に急激に上昇し、現在では1位の収益性に肉迫する2位につけています。
また、3年後・5年後の課題という問いでも、人材の問題は上位に位置しています。
【新入社員の意識と人材強化とは】
では、人材強化とはどういうことでしょうか。
ここで近年の新入社員の意識を見てみましょう。ある調査(※2)によれば、「鍛えあい活気のある職場よりも、助けあうアットホームな職場」(Q2)、「熱血型リーダーはなく、丁寧に指導・傾聴・認知できる支援型リーダー」(Q3)を期待していることがわかります。
また別の調査(※3)によれば、新卒時に入社した会社に定年まで勤めようと思っている新人は2割程度にとどまっています。
つまり、「暖かく社員思いの環境で」「他によい勤務先があれば、転職してしまおうと機会をうかがっている」ことが見て取れます。
以前であれば大量に採用し、企業・従業員双方が「終身雇用」を大前提とした関係で、少なからぬ企業・管理者側はどこかで「代わりはいくらでもいる」「イヤなら辞めろ」という姿勢でマネジメントしていたかもしれません。そうした感覚からすると、これらの調査結果は「甘ったれるな」という感想も伴うかもしれません。あるいは、「そうした生ぬるい感覚を持っている者にロクなやつはいない」と思われるかもしれません。
【先進企業の動向】
ところが、例えばIT企業・サイボウス社では、それまで3割近かった離職率が、2006年に働き方の多様性に力をいれると(※4)、業績は伸び(※5)、離職率も4%に下がりました。
こうした事例を見ていると、自分を大切にする社員は「やる気のないお荷物」とは限らず、むしろ前向きで優秀な「ロクな人材」が、個を大事にしてくれる組織に移って持ち味を活かし、事業成果に寄与している感すらあります。
ここに今日の「人材強化」の1つのヒントがあるように思えます。
逆に旧態依然の姿勢の会社では、人が「集まらず」「居つかず」「伸びず」という事態につながりかねません。これは、人材問題にとどまらず、事業、ひいては経営問題に直結するのは想像に難くありません。
【産業保健から見た新たな課題】
では、どうしたらよいのでしょうか。
本連載では、こうした流れの中で、とりわけ産業保健の視座からみた人事労務の今日的課題をとりあげていきます。中でも「メンタルヘルス」「健康経営」「両立支援」という、少なくとも20年前には聞くことがほとんどなかった問題について、専門家がその問題・課題の所在や対策についてご紹介していきます。
「企業は人なり」という言葉は古くから言われ続けていますが、ではその「人」のありようとは、そして、それに対して期待される「企業」のありようとは。
皆さんの企業・事業の維持・発展に少しでもお役に立てば幸いです。
<参考>
※1 日本企業の経営課題2019(図1-3,P12)
日本能率協会,2019.11
※2 2020年新入社員意識調査(P3、P4)㈱リクルートマネジメントソリューションズ、2020.6
※3 2019年マイナビ転職 新卒新入社員1か月意識調査㈱マイナビ、2019.6
※4 ワークスタイルサイボウズ社HP、2020
※5 サイボウズ㈱の決算決算LOG、2020.3

第2回 メンタルヘルス
【執筆:平松 利麻(ひらまつ りま)先生】慶應義塾大学SFC研究所 所員、トラヴェシア社会保険労務士事務所 代表
【はじめに~コロナ時代における職場のメンタルヘルスの課題とは~】
新型コロナウイルス感染症の拡大により、私たちの働く環境は一変しました。働き方改革の中でも、なかなか進まなかったテレワークが一気に普及し、様々なアプリケーションを使ったウェブ会議やウェブ営業なども、今では日常的に行われるようになっています。
テレワークの場合も、オフィスワーク時と同様に、会社は社員に対して安全配慮義務が課せられており、労働基準法の災害補償、労働安全衛生法および労災保険法が適用されます。
一方、テレワーク時は、通常のオフィス勤務とは異なる心理的ストレスがかかることが指摘されています。例えば、動画やチャット等によるウェブを通じたコミュニケーションによるストレスの増加などが挙げられます。このような状況のもと、人事労務担当者から、「テレワークで生産性は高めつつ、社員のメンタルヘルスの維持・増進につながるような取組を行いたいのだけれど、どうすれば良いですか」、といった質問や相談を受けることが多くなりました。
【取組みたい「ワーク・エンゲイジメントの向上」】
では、具体的にどのような対策を行えば良いのでしょうか。そこでお勧めしたいのが「ワーク・エンゲイジメント(以下、WE)」の向上を意識したメンタルヘルス対策です。
WEとは、働く人が自分の仕事に誇りややりがいを持ち、熱心にいきいきと夢中になって取り組めている状態を指します。この時、社員の仕事に対するエネルギーは高く、かつ、心身の健康状態も良好です。また、仕事のパフォーマンスは向上し、クリエイティブな面でも成果が発揮されることが明らかになっており、近年注目が高まる健康経営優良法人認定基準にも採用されています。
WEと反対の状態とは、まるでランニングマシーンを走っているかのように、仕事に追われて無理をしている状態です。これを「ワーカホリズム」といいます。
ワーカホリズムの状態を続けていると、無理がたたり、いつかエネルギーが切れて倒れる日がやってきます。この状態を「バーン・アウト」といいます。WEもワーカホリズムも、「バリバリ働いている」という点では同じように見えます。しかし心の状態が違っており、それによって結果がこうも大きく変わってしますのです。
旧来の職場のメンタルヘルスでは、単に「病気でない状態=健康」と定義されていました。
しかし、それでは「病気ではないが、仕事にやりがいも感じられず、なんとなく毎日を過ごしている状態」も「健康な状態」に含まれてしまいます。1日のうち、仕事をしている時間は3分の1以上を占めるわけで、この時間が充実していなければ、雇い主である使用者にとってはもちろん、当事者である社員にとっても、つらいものになるのではないでしょうか。
こうした考えから、現在の職場のメンタルヘルスでは、WE向上を重視するというように軸足が変わってきているのです。

「図:ワーク・エンゲイジメントと関連概念」は島津明人氏(慶應義塾大学 総合政策学部教授)の許諾を得て掲載
【ワーク・エンゲイジメント向上のカギを握るのは、「上司の支援」】
では、どうすれば、WEを高めることができるのでしょうか。
まずWEを高める要素には、仕事に由来するもの(=仕事の資源)と、そのひと個人に由来するもの(=個人の資源)に分類されます。
具体的には、「仕事の資源」に分類されるものとして、
①上司・同僚のサポート
②仕事の裁量権
③パフォーマンスのフィードバック
④コーチング
⑤課題の多様性
⑥トレーニングの機会
が挙げられます。
また、「個人の資源」に分類されるものとして、
⑦自己効力感
⑧組織での自尊心
⑨楽観性
が挙げられます。
実は、これらの要素は、特に「上司の支援」によって増減するのが特徴だと言えるでしょう。
例えば、「仕事の資源」に分類されている6つの要素について、上司から部下に対する仕事での直接的なサポート(=①)はもちろん、部下に対して仕事の裁量権を与えたり(=②)、パフォーマンスについて「さっきの会議でのプレゼン、良かったよ」とフィードバックしたり(=③)、単に答えを教えるのではなく、部下が自分の力で答えにたどり着けるよう導いたり(=④)、様々な課題にチャレンジできるよう環境を整えたり(=⑤)、OJTやOFF-JTなどの機会を与えたり(=⑥)してくれる上司がいれば、社員のWEが高まることが期待できるのです。
また、「個人の資源」に分類されている要素も、例えば「自分には仕事を成し遂げる力があるという実感を示す「自己効力感」や自分は組織の中で役に立つ人間だという自己評価である「組織での自尊心」など、個人の資源とされている要素も、上司が個人のパフォーマンスについて適切なフィードバックをするなど、「仕事の資源」に属する要素を高める行動をとることによって、相互作用で高めあうことができると考えられます。
コロナ時代にあっては、部下とのリアルでのコミュニケーションがなかなか取りづらいという状況があるため、上司の支援についてもその方法に一工夫が必要になるかと考えます。直接の声かけができない場合は、チャットツールやウェブ会議ツールを使って行うのも方策の一つでしょう。職場の特徴に合わせて、ぜひ、色々と工夫してみて頂ければ嬉しく思います。
※健康経営は、、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
【参考文献】
1.島津(2009) 産業ストレス研究,16,131-138
2.「図:ワーク・エンゲイジメントと関連概念」は島津明人氏(慶應義塾大学 総合政策学部教授)の許諾を得て掲載
第3回 ストレスへの対処方法〜例えば対顧客ストレス〜
【執筆:茅嶋 康太郎(かやしま こうたろう)先生】株式会社 ボーディ・ヘルスケアサポート 代表取締役、医学博士
今回はメンタルヘルス対策の中での基本「セルフケア」について述べたいと思います。
企業において事業活動を行うのに、商品を製造して売る、サービスを提供して対価を得る、何れにしても「顧客」が存在します。お互いWin-Winの関係が理想ですが、現実的にはサービス提供側に対顧客のストレスがかかる場合が多いのも現実です。「お客様相手なのでしょうがない」ではなく、ストレスを認知し、原因を分析し、対処するための方法を考えていきましょう。
*ストレスとは「外部から刺激を受けた際に生じる緊張状態」とも定義されます。
ストレスの要因は3つに分類され
1) 身体的要因〜病気や怪我によるもの
2) 心理的要因〜悩みや不安によるもの
3) 社会的要因〜人間関係によるもの
顧客対応によるストレスは心理的および社会的要因によるストレスと考えられます。では、原因となる外部からの刺激は何でしょう?
*顧客対応による外部からの刺激
(1)クレーム
自社の製品への不満、サービスへの不満を突きつけられる。
- まず顧客の怒りを鎮める必要があり
- お詫びをしてから事実確認→対応策の提案しないといけないが・・
- 顧客の言うことに妥当性がなくても納得させないといけない
- どうやって妥協点を探すか苦労する
- 第一声でいきなり罵声!も
(2)ノルマ
売り上げの目標数値、業績評価。
- 達成可能はレベルより少し上の目標はモチベーション↑ につながり好ストレス
- 達成不可能は目標はプレッシャーになるだけで逆効果で過度なストレス
- 対応した件数による評価か、顧客満足度を指標に評価するのかでストレスは変わる
- プレーヤーとしての評価と、マネージャーとしての評価の問題
- 営業としての成績とサービス提供側の成績が連動しているか、相反していないか
(3)ダブルバインド
二重拘束〜矛盾した命令をこなさなくてはならない状態。
顧客からの要望と会社指示の板挟み。
- 顧客対応を丁寧にしながらも数も捌く
- 明らかに自社に非があるケースでも、返金を受け付けずに顧客の好感度を維持する
- 状況が整理できても問題解決方法が存在しない 重度の社会的ストレスです。
*固定電話恐怖症
若い世代に多く、通話よりチャットでのやり取りに慣れているために起こります。
原因:
- 固定電話が減った
- 電話に出るまで相手と用件がわからない
- こちらの都合を無視して電話がかかってくる
- スマホでの通話をする回数が減った(電話慣れしていない)
- 通話の代わりにSNSやメッセージのやりとりが増えた
- 電話が必要な案件はリアルタイム性が求められるトラブルの可能性が高い予感・・
*ストレスの対処方法
ストレスに気づき、自分に起きているストレス反応に気づくことです。そしてストレスの原因を考える。顧客ストレスに関しては上記の原因分析になります。そしてストレス軽減の方法を考える。この項ではあえて具体的な軽減方法については触れません。答えはみなさんの中にあると思うからです。各社で職場環境改善と生産性アップのために話し合っていただけると幸いです。
参考*セルフケアのコツ


第4回 健康経営とは
【執筆:洞澤 研(ほらさわ けん)先生】株式会社ゼネラルキャリアサービス 代表取締役、特定社会保険労務士、
健康経営エキスパートアドバイザー
Question?
健康経営について教えてください。
Answer
健康経営について、一言で説明をするのはなかなか難しいのですが、経済産業省では健康経営の定義について以下の記述があります。
「健康経営」とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます。
また経済産業省では、健康経営に係る各種顕彰制度として平成26年度から「健康経営銘柄」の選定を行っており、平成28年度には「健康経営優良法人認定制度」を創設しています。
【出典】 経済産業省ホームページ「健康経営の推進について」(経済産業省 ヘルスケア産業課)
日本健康会議が認定する「健康経営優良法人2020」では、大規模法人部門に1,476法人(うち500法人を「ホワイト500」とする)、中小規模法人部門に4,815法人が認定され、前回から大規模法人で約1.8倍、中小規模法人部門では約1.9倍の認定数となりました。(令和2年9月1日現在)
数字を見ても年々企業の健康経営への意識は高まっていることがわかります。
Question?
健康経営優良法人の認定を受けるメリットはどのようなものがあるのでしょうか?
Answer
健康経営優良法人の認定を受けるメリットですが、大きくは認定を受けることによるメリットと健康経営に取り組むことそのものによるメリットの2つに分かれます。
まず、健康経営に取り組むメリットとしてはジョンソン・エンド・ジョンソン社(Johnson & Johnson)がグループ世界250社、約11万4000人に健康教育プログラムを提供し、投資に対するリターンを試算した所健康経営に対する投資1ドルに対して、3ドル分の投資リターンがあったとされています。
具体的には生産性の向上、医療コストの削減、従業員のモチベーションの向上、リクルート効果、企業のイメージアップなどの効果があったとされています。
また、従業員の離職率でみると、健康経営銘柄認定企業平均値(2.7%)健康経営優良法人平均値は(5.1%)と一般企業の全国平均値(11.3%)と健康経営に取組んでいる企業は離職率が低いデータがあります。
【出典】 経済産業省ホームページ「健康経営の推進について」(経済産業省 ヘルスケア産業課)
続いて、健康経営優良法人に認定された場合のメリットですが、健康経営優良法人に認定されると、従業員や求職者、関係企業や金融機関などから従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる法人として社会的な評価を受けられます。
また、「健康経営法人」ロゴマークの使用が可能となります。
リクルーティング(人材採用)の視点で見ますと、経済産業省が平成28年に実施した就活生及び就職を控えた学生を持つ親に対して、健康経営の認知度及び就職先に望む勤務条件等についてアンケートを実施したところ、就活生は「福利厚生の充実度」・「従業員の健康や働き方への配慮」との回答が4割を超え、親では「従業員の健康や働き方への配慮」・「雇用の安定」が4割以上を占める結果となりました。
従業員の健康や働き方への配慮」は就活生・親双方で特に高い回答率となり、リクルーティングの視点でも健康経営に取組むことが重要な課題であることがわかります。健康経営優良法人に認定されれば、従業員が安心して働くことができる会社と第三者機関からの認定を受けておりますので、リクルーティングの視点でも大きなアピールポイントになることは間違いありません。
また、健康経営優良法人の認定を受けた企業を対象に地銀、信金等による低利融資など、インセンティブを付与する自治体、金融機関等も増加しています。
健康経営は、大企業はもちろん中小企業こそ取り組んだ時に他社との差別化を図ることができますので、中小企業こそ経営戦略的な視点で健康経営に取組む意義があると考えて頂けたらと思います。
Question?
新型コロナウイルスの流行によって健康経営はどのような影響がありましたか?
Answer
各種アンケート結果では、新型コロナウイルスへの感染そのものではなく感染拡大防止の為にテレワークが急速に普及し、テレワーク等によって健康状態に影響が見られるとの結果が出てきています。
テレワークによって感じる不調としてオムロンヘルスケア株式会社による、20代から50代のテレワークをしている男女1,000人を対象とした調査では、テレワーク開始後31%の人が身体の不調を感じていました。主な不調ですが、肩こりや精神的なストレス、腰痛が挙げられました。
【出典】 経済産業省ホームページ「健康経営の推進について」(経済産業省 ヘルスケア産業課)
また、新型コロナウイルス感染拡大防止策による外出自粛や生活様式の変化によって、意識や生活行動等に影響を受けたかの調査結果において、「運動する機会や運動量が減った」を回答が多くみられました。
【出典】 経済産業省ホームページ「健康経営の推進について」(経済産業省 ヘルスケア産業課)
これらを総合的に見ると、新型コロナウイルスへの感染予防はもちろん、テレワーク導入に伴う生活様式の変化への対応策(メンタルヘルス対策・運動不足解消など)の重要度が増していると言えるでしょう。
※健康経営は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
【出典】

第5回 中小企業が健康経営のために取り組みたいポジティブ・ワークショップ
【執筆:平松 利麻(ひらまつ りま)先生】慶應義塾大学SFC研究所 所員、トラヴェシア社会保険労務士事務所 代表
【はじめに~中小企業による健康経営への取組みに関する質問・相談】
経済産業省により「健康経営優良法人認定制度」が平成28年度に創設されてから、健康経営に取り組みたいという中小企業が増えてきました。一方、「健康経営を始めてみたいけれど、難しそう」とか、「具体的にどんな取組みをすれば良いのかわからない」といった声をお聴きする機会も多くなっています。
ところで、健康には「からだの健康」と「こころの健康=メンタルヘルス」の2種類が存在し、それぞれが互いに相関しあっています。よって、健康経営においても、からだの健康のみならず、メンタルヘルスに対しても注力することが大切です。
そこで今回は、中小企業の健康経営にお勧めしたい取組みとして、筆者が開発に従事した手法についてご紹介したいと思います。
【WEの醸成と健康経営に効果的な「ポジティブ・アプローチ」】
本連載の「第2回 メンタルヘルス」で取り上げた「ワーク・エンゲイジメント(以下、WE)」は、健康経営優良法人認定基準にも採用されており、健康経営を実現するために重要な要素の一つです。WEを醸成するいきいきとした職場を実現するためには、職場の強みや長所、持ち味などのポジティブな面に注目し伸ばす「ポジティブ・アプローチ」を用いることが効果的です。この手法は、弱みに注目して改善する手法に比べて、参加者が楽しく取組めるため、活動を長続きさせることができるというメリットがあります。また、強みをさらに発展させるため、より高い目標を達成することができる、といった効果も挙げられます。
【健康経営に資する「ポジティブ・ワークショップ」を実施してみましょう】
健康経営を実現するポジティブ・アプローチとして、今回はワークショップ(以下、WS)という手法をご紹介しましょう。WSとは、「体験型講座」のことで、「ファシリテーター」と呼ばれる司会進行役を中心に、参加者全員が体験します。ワークショップを成功させるには、参加者一人一人が自ら積極的に参加することが重要となります。
健康経営を実現するいきいきとした職場づくりのためのWSは、5つのステップに分かれています(図1参照)。
それでは、ステップごとに取組みをご説明しましょう。

●ステップ1 WSの企画
まず、WSの進行役となるファシリテーターを決め、そのファシリテーターが中心となって、WSの名称やチェックリストの選定を行います。また、経営層にはWSの必要性を説明し、理解してもらいましょう。そして、WSの参加人数・開催日を決めます。参加人数は15~30名ぐらいが適当です。
●ステップ2 事前のチェックの実施および集計
ストレスチェック制度で推奨されている新職業性ストレス簡易調査票からWEに関する項目を抜き出した「職場の強み(資源)チェックリスト」を用い、社内でアンケート調査を行い、社員が職場環境をどのように感じているかを確認します。結果は職場単位で集計し、職場ごとの強みを記載した資料を作成しておきます。
●ステップ3 WSの参加者への説明
WSを始める前に、ファシリテーターが参加者に対し、パワーポイントなどの視覚資料を用いて、①いきいきとした職場づくりの目的、② WSの目的、進め方、時間配分、③職場の強み集計結果の見方 についてそれぞれ説明します。また、グループごとに司会、発表者、書記、時間係といった役割分担を行います。
●ステップ4 WSの実施・運営
いよいよWSのスタートです(図2参照)。

まず初めに、「職場の強み集計結果」から導かれた職場の強みを参加者で共有し、その中から特に伸ばしたい強みをグループ討議で決定します。職場の強み上位5項目が充実率ランキングとして表示されており、これを参考にして職場の強みを見つけることができます。
次に、その強みを伸ばしたらどんな理想の職場が実現できるのかについてグループで話し合い、職場のありたい姿を共有します。
そして、理想の職場を実現するための具体的な活動について計画を立てます。このとき、具体的かつ実行可能な活動計画にするため、対象方法や手段、実施時期などを決めておくのがポイントです。
WSで討議するのはここまでで、あとは職場に戻り、計画を実行に移していくことで、理想の職場に近づけていきます。
●ステップ5 フォローアップと評価
3~6カ月程度の活動期限を決めて、活動単位ごとに成果を発表してもらいましょう。成果が上がった活動は表彰するなど、職場全体で成果と達成感を共有します。計画どおりに活動が進まなかった場合は、どんな工夫をすればうまく進むようになるか参加者全員で検討し、次の活動につなげていきましょう。
WS自体の所要時間は約1時間と短く、従来実施している社内の部門会議や衛生委員会などの時間を使って実施することも可能であり、非常に取り組みやすいといえます。また、WSに必要なツールや当日の流れ、終了後に職場で実施するアクションなどは、リーフレット版や動画版の各マニュアルにわかりやすくまとめられており、WSを初めて行うという職場でも安心して実施することができます。
取組みは1度きりで終わるのではなく、定期的かつ継続的に実施し、いきいきとした理想の職場に近づけていきましょう。
※健康経営は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
【参考文献】
1.厚生労働省厚生労働科学研究費補助金 労働安全衛生総合研究事業
労働生産性の向上に寄与する健康増進手法の開発に関する研究 分担研究報告書
メンタルヘスの向上手法開発:職場環境へのポジティブアプローチ 分担研究者 島津明人
第6回 仕事と治療の両立支援
【執筆:丸田和賀子(まるた わかこ 先生)】社労士事務所 みなわコンサルティング 代表
【仕事と治療の両立支援に企業が取組むことのメリットは?】
まず、企業の従業員に対する健康確保対策については、労働安全衛生法で定められています。従業員が病気になったり、病気が悪くなったりすることを防ぐための措置が求められているのです。
ところで、今後労働力人口が減っていく中で、企業にとって人材の確保は大きな課題の一つです。今まで様々な理由で所定労働時間オフィスに出勤することが難しかった方が働ける環境を整備することは、これからますます重要になるでしょう。
以前なら休職または退職して治療に専念することがほとんどだったようながんなどの病気も、医学の進歩により状況によっては働きながら治療をすることが可能になってきています。
従業員が業務によって病気を悪化させることなく、仕事と治療を両立するための支援を適切に行うことは、人材の確保、離職の防止に効果があります。
また、不安なく従業員が働ける環境を作ることで、モチベーションが上がり労働生産性を維持・向上することも期待できます。そして、仕組みが整っていることは、当事者だけでなく、他の従業員にとっても安心して働き続けることができる要因となり、企業イメージの向上にも繋がるでしょう。
今回、感染症の影響でテレワークや時差出勤制度の導入が一気に進みました。元々日本でのテレワークは、1984年に育児や介護で通勤できない従業員を対象に、ある企業で導入されたのが最初と言われています。
これらの柔軟性のある働き方を制度として導入することで、感染症防止のためだけでなく、育児や介護をしている従業員、障がいを持つ従業員、そして治療が必要な従業員など、様々な従業員が働きやすくなります。
他にも例えば、両立支援では、状況によってトイレ等の環境整備(オストメイト対応設備の設置等)、バリアフリー化等が必要になる場合も考えられます。これらの施策は、両立支援が必要な従業員だけでなく、他の多様な従業員の活用にも役立つ可能性があります。
制度導入の際には、「両立支援のために」ということだけでなく、もう少し広く、「様々な従業員が働きやすくなるための環境整備の一環」という視点で捉えてみられてはいかがでしょうか。
【仕事と治療の両立支援において生じやすい問題は? 】
「病気の治療と仕事の両立に関する実態調査(企業調査)」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2018))によると、私傷病等の疾患の治療と仕事の両立支援制度の課題(複数回答)として、最も多かった項目は「休職者の代替要員・復帰部署の人員の増加が難しい」(54.3%)でした。
また、順位は高くありませんが、「医療機関(主治医)との連携が難しい」(10.5%)との回答もありました。
加えて、病気の治療と仕事の両立に関する実態調査(WEB 患者調査)」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2018))では、次のような結果が出ています。 疾患罹患後、自身の病状等について、勤め先に相談・報告したか(複数回答)という問いに対し、「勤め先には一切相談・報告しなかった」との回答が26.9%ありました。
通院頻度が週2回以上の場合でも、「勤め先には一切相談・報告しなかった」が11.1%、週1回程度の場合が13.0%であり、一定程度の患者が通院しながらも勤め先には報告していない状況が見受けられます。
同調査で、勤め先に希望する配慮事項(複数回答)として、「通院治療のための休暇取得」(35.0%)、「入院・治療等に対応した長期の休職・休暇」(33.8%)に次いで、「疾患治療 についての職場の理解」(25.8%)が上がりました。
これらの項目について見て行きたいと思います。
●休職時(短時間勤務時)の代替要員
柔軟な働き方を進めていく中で、複数人で業務を共有するなど、誰かが抜けてもフォローし合える仕組みを活用しましょう。
また、情報や資料を担当者だけが分かる状態にせず、ファイルサーバに分かりやすく整理して保存しておくなどして、誰が見てもどこに何があるかが分かる状態にしておきましょう。
複数の業務に関われる人材を育成しておく方法や、欠員のサポート、共通する業務のフォロー等を行う部署を設置するという方法などもあります。
●医療機関(主治医)との連携が難しい
情報のやり取りについては、「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」(厚生労働省)の「治療の状況や就業継続の可否等について主治医の意見を求める際の様式例」等を状況に合わせて修正し、活用しましょう。
また、2018年、治療と仕事の両立支援に関する診療報酬の制度が新たに作られ、主治医による両立支援の指導等が保険適用の診療として認められました。ただし、当時は対象疾患はがんのみで、産業医からの文書での助言が必要でした。続いて、2020年に改定があり、脳卒中、肝疾患等も対象となり、産業医が選任されていなくても、総括安全衛生管理者、衛生管理者、安全衛生推進者、保健師のいずれかが選任されていれば対象になることとなりました。これにより、治療の一環として、主治医への意見聴取がしやすくなりました。
●従業員からの申し出がしにくい
治療と仕事の両立支援は、従業員からの申し出があった時にスタートすることとなりますが、「通常通り働けないことが分かると、評価に影響するのでは」「周囲に迷惑をかけるのでは」など、職場に病気のことを話しにくいと感じる場合もあるようです。
事業場内ルールの作成と周知、従業員や管理職等に対する研修、相談窓口や情報の取扱方法の明確化など、申し出が行いやすい環境を整備することが必要でしょう。
また、従業員のメンタル面への配慮も大切です。特にがん治療の場合は、診断された後ショックを受け、仕事を続けられるかどうかしっかり検討しないまま離職してしまう場合もあります。
何かがあってからではなく、普段から報告・相談しやすい雰囲気作りに取組んでおきましょう。
●体制と周囲の協力
従業員に対して就業上の措置や治療に対する配慮を行うことにより、周囲の同僚や上司等にも負担がかかることになります。病気に関する研修等を当人だけでなく周囲の従業員に対しても実施し、正しい知識を身につけて両立支援の必要性を理解してもらうことが役立つでしょう。また、周囲への負担の重さ等にも配慮しながら、人事労務管理担当部門や産業保健スタッフ等が、組織的に支援を行うことが望ましいと言えます。
人生100年時代と言われる中で、長く働き続けられる雇用環境の整備が求められていますが、在籍期間が長くなると治療を受けながら働く従業員が増えることも予想されます。
今の時点で、会社に両立支援が必要な従業員がいなかったとしても、今後必要になってくる可能性は十分考えられます。これまで両立支援が必要なケースがなかったり、あっても個別に対応していた企業でも、企業としての取組みや制度作りを検討することは有意義だと言えるでしょう。
第7回 新型コロナ感染症対策と両立支援
【執筆:若林 忠旨(わかばやし ただし 先生)】社会保険労務士法人 東京中央エルファロ
昨年より世界的に新型コロナ感染症の影響で日常生活全般にさまざまな制約が出ています。日本では通常、平日は毎日勤務先に出勤をして業務を進めるという働き方が定着しているため、政府などから出勤抑制依頼を受け、さまざまな問題が生じていると思います。
今回は両立支援の対象と考えられる障害者や病気を患っている人や女性・高齢者だけでなく、一般の従業員の方も含めた、仕事と家庭の両立支援で使える出勤抑制方法を解説していきます。
・出勤抑制の方法について~1.フレックス制度の活用~
新型コロナ感染症対策のため政府などにより出勤抑制の具体的な数値目標が発表されています。出勤抑制となるとほぼテレワークへの移行と考えるのが一般的のようですが、方法はそれだけではありません。
例えば、昔からあるフレックスタイム制の導入などによる出勤・退勤時間などを自由に選択できるようにする、1日の勤務時間の制約を従業員本人に任せるという方法でも十分に対応可能となります。もともと両立支援の考え方は「仕事と生活の調和が実現した社会」となります。健康で豊かな生活ができるための時間を確保するうえで、勤務時間管理を従業員に任せる方法は理にかなっていると言えます。
また、この方法の場合、テレワーク導入で問題となっている「コミュニケーション不足」や「一部の従業員のみ出勤強要」などの問題解決に繋がります。理想的にはテレワーク勤務の導入も同時に進め、会議や打ち合わせ参加にWeb会議システムなどのネット参加を認めるようにすることによりより自由度が高まります。こういったことの定着、新型コロナ感染症対策だけでなく、長期的には出勤にかかる交通費の削減や勤務場所を縮小できるため賃料の削減など、会社にとってもメリットが享受できる可能性があります。
もちろん、こういった制度を進めるためには労働法順守のために規程の修正やクラウド型の勤怠管理システムの導入、業務の共有化のためのスケジュール管理や業務ソフトや保存機能のクラウド化なども必要となる点には注意が必要です。
・出勤抑制の方法について~2.テレワーク制度の活用~
現在、出勤抑制の方法としてテレワークを検討する企業が多数を占めています。ただし、昨年発動された1回目の緊急事態宣言時と違い、2021年1月に東京などに発動された2回目の緊急事態宣言ではテレワークを検討する企業が少なくなりました。一般的には業務効率の低下など、仕事を進めるうえでメリットが少ないということが原因とされています。
テレワークを導入する場合に、完全にテレワークにするか、出勤をするかという選択をする企業が多いと思いますが、このような選択をすると制度が利用できる人とできない人の間に区別が生まれてしまい、社内に対立構造や差別的な感情が生まれることとなります。
確かにテレワークになじまない業務は存在しますが、全く導入が出来ない業務は製造や接客など現場対応の業務であり、営業などの業務では方法により導入は可能となります。まずは、週3日間のみなど業務によりテレワーク勤務日の設定などをおこなうことも検討してみましょう。ここで大事なことは、出勤日と出勤時間についてはある程度業務別に分けることです。これにより部署間のコミュニケーション不足などの解消につながります。
また、テレワーク=在宅勤務と同義ではありません。例えば弊社では埼玉県など勤務地ごとにスモールオフィスや会議室、時間貸のオフィスなどを活用し、在宅で勤務が難しい従業員への提供をしています。今後、永続的に制度を導入することを検討していないのであれば、このような場を会社で提供することも検討してみてください。
新型コロナ感染症対策でおこなっている事案は、そのまま両立支援制度を進める制度としても転用が可能です。障がい者やがん就労など長期に療養が必要な人、低学年の子供を持つ母親など、家庭と仕事の両立を図るために、今回のようなテレワークやフレックス制度などを検討して支援の促進を図ることも身近な両立支援対策となります。