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森 晃爾(もり こうじ)教授が伝える中小企業のための健康経営ゼミナール

執筆 代表・監修:森 晃爾(もり こうじ)先生
産業医科大学産業生態科学研究所 教授

「健康経営の導入は、大企業ではできても、資金も人材も足りない中小企業では難しい」という発言をよく聞きます。
しかし、中小企業では、健康経営の導入が難しいのでしょうか。
私は、中小企業こそ、容易に健康経営を導入することができると思います。
唯一のポイントは、社長がその気になるかならないかです。
「こころの“あんしん”プロジェクト」の新企画として、今話題の健康経営について連載いたします。




[第1回] 何故、今、健康経営か? 健康課題と経営課題

産業医科大学産業生態科学研究所 教授 森 晃爾

なぜ、今、健康経営なのか?

最近、いろいろな企業の皆さんと話をしていると、最近、なかなかいい人が採れないという話を聞きます。中小企業で人が採れないという話は以前からもあったという人もいますが、急速に人材の需給状況は悪化しているようです。

有効求人倍率の最近の変化を調べてみると、2018年5月は1.6倍まで上昇しており、1990年~1991年の1.4倍というバブル期の数字を超えています。このような人材不足の背景には景気の拡大がありますが、バブル期と異なり、事態はさらに悪化すると予測される大きな要因があります。それは、急速な生産年齢人口の減少です。生産年齢人口とは15~64歳の人口を指しますが、1995年に8700万人いた人数が、2020年には約7300万人、2030年には約6800万人、2040年には約5800万人と減り続けることが予測されています。これでは、人材が採れないわけです。

その対策として考えられるのは、1今働いている人が長く働いてくれるようにすること2外国人労働者を採用すること、この2つです。外国人労働者といっても、様々な規制がありますし、現在は経済格差によって喜んで来てくれているアジアの人材が、いつまでも今の条件で採れるわけではありません。したがって、今働いている人が長く働けるようにすることはとても大切なことなのです。つまり、これまで以上に、“人”は企業の財産、すなわち人財になっていくでしょう。その人財の健康に投資しようとする動きが健康経営なのです。

健康経営に取り組むことによって得られること

健康経営が、「人が長く働いてくれるようにすること」に貢献できるのは、二つの道筋があります。一つは、病気で仕事ができなくなる人を減らすことです。日本人の主な死因である、がんでも、脳卒中でも、心筋梗塞でも、歳を取れば、その発生は増えていきます。そして、それが原因で仕事をできなくなります。一方で、これらの病気は生活習慣病であり、生活習慣の改善でかなり予防できるものなのです。病気だけでなく、体力も重要で、体力低下を引退の理由にする人もいると思いますが、体力も生活習慣次第なのです。健康経営によって従業員が健康になれば、それだけ病気や体力低下で仕事を辞める人が減るのです。

もう一つは、健康経営の付随効果です。健康になるための取組には、健康的な食事への配慮、運動習慣を身に着けるための取組み、間接喫煙から守られる環境づくりなど、いずれも働きやすい職場環境を作ることに繋がります。そもそも、従業員が健康になってほしいという経営者の想いが伝わることや、従業員の間で健康づくりが話題になることは、職場内の良好なコミュニケーションを生み出します。さらに、外部から健康経営優良法人などの認定を受けたら、「そんな会社で働いてみたい」という応募者が増えたという話も聞きます。

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健康経営についての社会の動き

現在の健康経営の動きは、安倍政権のもとで、政府主導で展開されてきたものです。健康経営が政策として展開されているのは、すでにお話をした企業にとっての人材の話と同じです。すなわち生産年齢人口が急激に減少する日本において、人材を確保し、社会保障制度を成り立たせるために、この政策が行われているのです。

具体的には、経済産業省が主体となり、東京証券取引所の健康経営銘柄の指定、日本健康会議の健康経営優良法人の認定、東京商工会議所の健康経営アドバイザー育成などの取組みが行われています。このうち、健康経営優良法人は、大企業部門と中小企業部門で異なる評価方法を取っていますが、一定の条件を満たした企業を優良法人として認定するもので、2018年は大企業部門541法人、中小企業部門776法人が認定されています。また、ノウハウが不足する中小企業に向けて、健康経営のアドバイスを行う人材の養成を行っています。

このような政府主導の動きは、予想以上にインパクトがあり、健康経営を推進する民間団体や地方自治体の動きに結び付き、自治体独自の健康経営の認定や表彰などの制度を開始する都道府県が増えています。さらには金融機関の低利融資や保険会社の保険料の割引などに広がっています。

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最後に

なぜ、会社が個人の健康のために時間やお金を投資しなければならないか、それは人に関わる経営課題の解決に繋がるからだと考えてみられてはどうでしょうか。

次回は、健康経営によってどのような会社ができるのか、そのイメージを掴んでいただきたいと思います。


[第2回] 「健康経営」が浸透した職場を覗いてみよう!

産業医科大学産業生態科学研究所 教授 森 晃爾

「健康経営」が大切といっても、ピンとこない方も多いでしょう。少し具体的なイメージを持っていただくために、第2回は「健康経営」が浸透した職場と、健康管理面で大きな問題を抱えた職場を対比して描いてみたいと思います。

「健康経営」が浸透した職場

どのような会社でも法律で健康診断が必要ですが、職場の皆さんは進んで健康診断を受けられているでしょうか。健康診断は受けただけでは誰も健康になりません。健康診断の結果に基づいて、生活改善を行ったり、必要な治療を受けたりといったように、健康管理につながることによってはじめて成果と呼べます。「健康経営」が浸透した職場では、当然のことのように職場の全員が健康診断を受診して、必要であれば精密検査を受けたり、治療を受けたりしています。なぜ、そのような行動を取っているか聞いてみると、「老後も健康でいたいという気持ちもあるけど、そもそも健康でなければいい仕事ができないと思っています」と答えが返ってきます。皆さん、いい仕事、すなわち生産性が高い仕事をするためには、自己健康管理が重要だと認識しています。

健康行動は健康診断の時だけではありません。健康管理には、運動、栄養、休養が大切なことは十分に理解して、必ずなにかしら、関連する健康行動を取っています。たとえば、毎朝散歩をしたり、野菜を十分に取ったり、毎日体重計に乗ったり、良好な睡眠を妨げる夜の飲酒を控えたりしています。血圧が少し高いと健康診断で言われた人は、血圧計を自分で購入して、血圧手帳に記録することを日課にしています。もちろん、職場は屋内完全禁煙になりましたので、それを機会に禁煙された人も多かったようです。

このような個人の健康行動は、職場の雰囲気にも反映されています。職場にはお互いの健康には気遣っています。少し仕事で帰りが遅くなる日が続いていると、同僚が体調のことを尋ねます。手が空いている人は、お互いに手伝い合ったりしています。大病をする人も出ていませんし、風邪で休む人もあまり出てきません。今年のインフルエンザシーズンも巷で騒がれたほど感染者がでず、仕事にも影響がありませんでした。

職場の雰囲気は健康への気遣いだけではありません。自分たちの職場を働きやすい場所にしたいと意欲を持っています。いつも、職位に関係なく前向きなコミュニケーションが図られ、職場改善が行われています。働きやすい職場とは生産性の高い職場に他なりません。管理職に状況を尋ねてみると、「以前より無駄な仕事は減ったと思いますし、そもそも部下がいい仕事をしたいと前向きに改善を提案してくるので、自分としても何とか実現させたいと考えています」といったような言葉が返ってきます。小さな職場なので、法律の義務ではありませんが、先日初めて、ストレスチェックを実施してみました。全国平均を100とした健康リスクは82で、かなり良い状況でした。職場のメンバーは、できるだけ長くこの職場で働きたいと思っています。

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健康管理面で問題を抱えた職場

この会社では、定期健康診断は社員に案内されているのですが、毎年、何名かの社員は健診を受けていません。中には、「健診を受けないのは、自分のポリシーだ」と公言している人もいます。健康診断の結果をみると、数名は、精密検査が必要、治療が必要との結果になっていますが、彼らが病院に行ったのかは定かではありません。先日、脳卒中を発症した社員がいましたが、どうも血圧の治療を怠っていたようです。糖尿病を患っている社員も何名かいますが、治療がうまく行っているのか分かりません。すでに退職した方ですが、50歳代中頃で糖尿病による腎不全で透析が必要になった人もいました。

一人ひとりの生活習慣は分かりませんが、喫煙者は依然と多く、打ち合わせと称して喫煙スペースで話し込んでいるメンバーもいます。まだ30歳代なのに、肥満気味の社員も多い状況です。彼らの昼食はカップ麺や菓子パンなどで、夕食もコンビニ弁当のようです。時々、風邪や体調不良で会社を休む社員が出ています。

職場では、皆、黙々と自分の仕事をしているようで、いつも静かです。納期が迫ると、どうしても残業や休日出勤が発生しており、仕事の性質上、仕方がないと割り切っています。また、先日、新しく入社した社員が体調不良を訴えて、結果的に退職しました。どうも職場になじめず、うつ病で精神科に懸っていたようです。

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最後に

二つの会社を描いてみましたが、どのような印象を持たれたでしょうか。会社は仕事をする場所であって、健康になるために来る場所ではありません。しかし、どのような職場で働くかによって、健康度は大きく異なってくると思います。

新しい人を採用することが難しくなった今日、病気で休んだり、退職したりする社員がいることは大きな損失です。また、できれば60歳以降も、さらに65歳以降も働いてもらいたいと思っていても、健康でなければ働き続けることはできません。「健康経営」って、かなり今日的な会社経営の課題に直結するものだと思いませんか?




[第3回] 健康経営に関連する制度と設計図

産業医科大学産業生態科学研究所 教授 森 晃爾

中小企業のための健康経営ゼミナールは、今回で3回目です。第1回は、「何故、今、健康経営か? 健康課題と経営課題」で、健康経営の取組の社会的背景を説明しました。 第2回は、「健康経営が浸透した職場を覗いてみよう!」で、健康経営が浸透した職場と健康管理面で問題を抱えた職場を比較してみました。ここまでの2回で、健康経営が気になっていない方には、今後の話題はあまり役に立たない話かもしれません。

いずれにしても、今回は健康経営に関する制度は、各社でどのような健康経営を期待しているか、制度と設計図との関係、そして中小企業の方が健康経営の導入が有利であることについて説明したいと思います。

健康経営に関連した制度

すでに第1回で触れましたが、国の主導で健康経営を推進するためのいくつかの制度が存在します。最初に導入された制度は東京証券取引所の健康経営銘柄の指定です。この制度は、上場企業を対象としたもので、各社が健康経営度調査票と呼ばれる自記式の調査票に現状を記載して申請すると、後述の枠組みで健康経営度が評価され、その結果に基づき東京証券取引所が各業種トップ企業を「健康経営銘柄」として指定するものです。最初は、1年のみ、または隔年での実施も検討されていましたが、社会の反応が予想以上であったため、毎年継続実施することになりました。もちろん申請をした企業には、経済産業省から項目ごとの偏差値や改善すべき課題などを記したフィードバックが送付されています。

しかし、業種トップということは、ほんの一部の企業しか評価されない制度です。また、上場企業のみが対象ということにも問題があります。そこで、同じころに発足した官民合同の団体である日本健康会議を主体として、一定の要件を満たした法人を健康経営優良法人として認定することになりました。その際、同じ枠組みではありますが、事業規模に応じた基準による大規模法人部門と中小規模法人部門を分けて評価することになりました。

このような制度を設け、多くの企業や法人が認定を受けるための努力をするようになると、結局、評価指標が各社の取組を左右することになります。したがって、そのもととなっている健康経営度調査票の設計は極めて重要になります。つまり、この設計図をもとに各社が取組めば、従業員の健康度が上がり、さらには生産性が向上するといった成果が上がるようにしなければなりません。そこで、健康経営はどのような設計図になっているか、ご説明したいと思います。

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健康経営の設計図

健康経営の設計図は、①経営理念・方針、②組織体制、③制度・施策実行、④評価・改善、⑤法令遵守・リスクマネジメントから成ります。このうち、法令遵守・リスクマネジメントは当然のこととして、それを基盤に四つの要素を構築しながら健康経営を展開することを求めています。具体的には、経営トップが方針を出して、健康経営の取組でリーダーシップを発揮します。また、健康経営の担当者を決めたり、健康管理の専門家を活用したりするなどとともに、上司部下関係も活用して、健康経営を進めます。少し難しいかもしれませんが、健康増進のプログラムには、健康診断などの方法で病気になるリスクが高い人を見つけて対策を立てるハイリスクアプローチと、集団や生活環境に介入して全体の健康度を高める取組であるポピュレーションアプローチがありますので、具体的なプログラムは、その中から各組織の課題に基づいて企画します。ただ、日本には法定の一般定期健康診断がありますので、その活用が前提となります。そして、一定期間ごとに、プログラムはうまくいったか、課題解決が図られたかを評価して、必要であれば改善することになります。これが健康経営の設計図であり、いわゆるマネジメントシステムに相当します。

ただし、健康経営優良法人として認定されるためには、バランスのよいプログラムの実施が求められます。中小法人部門においては、「従業員の健康課題の把握と必要な対策の検討」に分類された4項目のうち2項目以上、「健康経営の実践に向けた基礎的な土台づくり」とワークエンゲイジメントの3項目のうち1項目以上、「従業員の心と身体の健康づくりに向けた具体的対策」の7項目のうち3項目以上を満たすことが必要、といった具合です。

この設計図に則って健康経営が運営されれば、健康経営優良法人に認定されるとともに、前回お示したような「健康経営が浸透した企業」に一歩ずつ近づくことができるはずですので、健康経営優良法人の認定を受けようとする努力は、健康経営の成果を上げるうえで有効です。

中小企業の優位性

とは言っても、人もお金もない中小企業では難しいという話をよく耳にします。それはほんとうでしょうか。私は、健康経営の要素は、考え方によっては、中小企業の方が容易に構築できるのではないかと思っています。

それは、社長がその気になっていれば、健康に関する方針を出すことも、組織体制を作ることも簡単だからです。そもそも組織体制といっても、中小企業であればこそ、経営者自身がリードすればいいですし、経営者の意欲が管理職や一般従業員に伝わるように様々な機会を利用すればいいのです。ただ、産業医等の専門人材の利用は困難ですが、制度・施策実行をシンプルに考えれば解決に糸口があります。

制度・施策実行については、健康診断を利用したハイリスクアプローチと、何か従業員全員で取組める健康プログラムを選び、皆で賑やかに実施するポピュレーションアプローチを現実的な方法で実施します。そして、評価といっても、そもそも人数が少なければ分析結果は大きな意味は持ちませんので、実施した取組を指標化したり、経営者自身や担当者の主観的な評価が価値を持ちます。これらのことは、第4回および第5回にご説明する予定です。

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最後に

健康経営の制度と設計図について説明しました。ここまでで、健康経営の背景はほぼ説明したことになります。次回以降、いよいよ具体的な取組を開始していただくことになりますので、その心づもりをお願いします。




[第4回] 健康経営における経営者の役割

産業医科大学産業生態科学研究所 教授 森 晃爾

前回までで、健康経営に関して、基本的なことを解説してきました。第4回と第5回は、健康経営をどのように進めるか、具体的なことをご説明したいと思います。今回は、健康経営において、経営者に果たしていただきたい役割について、健康経営の設計図の要素に従って検討したいと思います。

経営理念や方針

健康経営では、何よりも大切なことは、経営者のリーダーシップです。それを表現したのが健康宣言や健康経営方針と呼ばれるものです。このような宣言を文書化することは大切なことですが、形に囚われるだけでは意味はありません。大切なことは、経営者として従業員の健康に対する“想い”を持ち、それを表現していただくことです。

従業員の健康とはどのようなものでしょうか。従業員を家族のように思っている。だから彼らの健康はとても大切だし、気がかりであるという経営者もいるでしょう。一方、従業員が病気で休むと戦力ダウンになる。すぐに代わりの人を取れるわけではないので、何とか健康でいてほしいといった、少し割り切った考えもあるでしょう。それでも、従業員の健康が大切という想いは同じです。少なくとも、まずは従業員の健康への想いを意識してほしいと思います。これからの日本社会で、健全な労働力をいつでも確保できるという企業はないでしょう。それでも、従業員の健康を大切にする経営者のいる企業は、少しでも長く働きたい企業ですし、他の人にも紹介したい企業のはずですから、とても重要な想いです。

健康への想いを文書化したら、次はその想いを行動に移してください。朝礼やその他の機会に健康が大切なことに触れたり、体調が悪い従業員に対しては声掛けをしたり、といったことで結構です。もちろん、経営者が自身の健康への意識を持っていなければ、周りへの影響は発揮できません。食事に気を付けたり、ウォーキングを習慣にしたり、長年の習慣であったタバコをやめたりといったように。それらが、従業員に見える形になるといいでしょう。

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組織体制

前回ご説明した健康経営の設計図の次の要素は、組織体制です。健康経営に取組む場合には、まず担当者を置くことが必要です。企業規模が大きい場合には、担当役員、担当部門といったことになるのですが、小規模な企業の場合には、経営者自身が担当者ということでも構いません。健康経営は個人の問題ではなく、社内事業として行う健康づくりですので、誰が健康経営を担当するかを決めてください。当然、担当者には、一定の知識が必要です。まずは、健康経営に関するセミナーに出ていただいてもいいですし、最近では東京商工会議所が行っている健康経営アドバイザー制度などがありますので、チャレンジしてみてもいいでしょう。

体制の要素の二つ目は、上司部下の関係です。部下が業績を高めるために、上司は様々な指示やアドバイスを行います。精神面でのサポートをするかもしれません。健康づくりを経営の一環として行う健康経営では、このような上司部下関係を活用します。管理職には、部下の健康管理を支援することが仕事の一部であるという認識を持っていただきたいと思います。

そして、体制の最後の要素が専門資源の活用です。日本の労働安全衛生法では、50名以上の職場では産業医の選任義務がありますが、それより小さな職場では産業医の関与はないことが普通です。それでも、健康診断を受けている医療機関や、協会けんぽなどの健康保険組合、地域産業保健センターなどの利用できる関係機関がありますので、必要な外部の専門資源を利用することを検討します。

制度・施策実行

健康経営の制度・施策などのプログラムには、どのようなものがあるかについては、次回詳しく触れたいと思います。一般に、健康管理・増進のプログラムには、病気のリスクの高いグループを抜き出して働きかけるハイリスクアプローチと、集団全体の健康度を上げるポピュレーションアプローチがあります。また、このようなプログラムが成果を上げるためには、環境づくりも大切です。まずは、すでに実施している健康診断を確実に活用することであり、これには追加的な費用はほとんど必要ありません。それでも、従業員の健康に対する投資ですので、多少の予算は必要になりますので、その点は理解する必要があります。

提供するプログラムは、職場の健康課題に合ったものである必要があります。この健康課題ですが、企業規模が大きい場合には、データを分析して、特徴を見出すことが必要ですが、中小企業では統計はあまり意味を持ちません。健診機関や健康保険組合に、一般的な企業と比較してどこが問題か、情報をもらうといいでしょう。また、経営者や担当者の主観的な課題認識も大切です。いずれにしても、健康課題を明確にして、その解決につながるような施策を検討してください。

評価・改善

健康経営においては、最初に宣言した想いを実現するために、取組を継続的に評価し、改善することを大切にします。具体的には、目標を立て、目標の達成度を評価し、その結果をもとに改善を図るという流れです。その際、目標は健康課題に対して可能な限り数値としてください。

例えば、従業員の皆さんの食生活を見て、野菜不足が健康課題だと思ったとします。野菜をしっかり取っているかどうかについて、簡単なアンケートを取ってみたら、その割合は15%でした。そこで、いくつかの取組をすることになったのですが、1年後の目標をこの割合が50%まで増加させることにしました。1年後に同じ様に評価をしたら、40%でした。25ポイントも上昇したので成果が上がったともいえますが、目標に届かなかったということですので、この取組みは失敗です。あと10%をどうしたら上昇させられるかを皆さんで考えて、翌年の取組みに結び付けてください。一方、52%であれば大成功です。そのあと、別の取組を行うか、さらに高い目標を目指すか話し合ってください。そして、成功した場合でも失敗した場合でも、どちらでも改善が生じるようにします。

何よりも、継続が大切です。健康経営は職場に健康文化が定着するまで、少し長い時間が必要です。経営者の皆さんには、多少の困難があってもあきらめずに、健康経営を推進いただきたいと思います。

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最後に

健康経営における経営者の役割は、従業員の健康への想いを明確化し、自らが健康経営をリードすること、担当者を任命するとともに管理職の役割を与えること、健康課題に対する施策の継続的改善をリードすることです。

次回は、今回十分に説明できなかった健康経営の施策について、具体的に説明したいと思います。



[第5回] 健康経営で展開してほしいプログラム

産業医科大学産業生態科学研究所 教授 森 晃爾

中小企業のための健康経営ゼミナールの第5回は、健康経営の具体的な施策についてです。健康経営の施策には、一般にハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチがあります。また、働きかけの対象として従業員の健康管理や健康行動に働きかけるプログラムと、職場環境に働きかけるプログラムがあります。

ハイリスクアプローチ

日本の場合、労働安全衛生法で一般健康診断が義務化されていますので、ほとんどの企業で健康診断は実施されています。この義務は、罰則規定はないものの、労働者にも課せられています。なぜなら、事業者が従業員の健康に配慮して仕事をさせるためには、健康状態を把握する必要があるからです。労働者は、自分が「働けるだけ十分に健康であること」を示すことが求められているのです。まずは、従業員が全員、健康診断を受けているか、確認してください。

しかし、健康診断を受けただけでは、誰も健康になれないことも事実です。その結果に基づいて必要な対応をして初めて健康診断は意味を持ちます。そこで、健康診断の結果で精密検査や治療が必要と判定されたら、必ず受診していただきたいと思います。医師の意見を聴き、必要な対応をすることも事業者の義務ですので、プライバシーの問題ではなく、むしろ積極的に対応して下さい。そして、受診の結果、治療が必要となったら、主治医に「もう来なくてもいい」と言われるまで治療を続けなければなりません。そのような確認も行ってください。

現在の一般定期健康診断は、脳卒中や心筋梗塞などの脳心血管疾患のリスクが高い人を見つけて、早期対応をするためのものです。治療や精密検査が必要と言われるレベルよりも軽い状態の人も、生活習慣の改善が必要な方はたくさんいます。これらの方にもぜひ生活習慣の改善を促しましょう。

このように、集団からリスクの高い人を抜き出して、その人に働きかける方法をハイリスクアプローチといいます。まずは、最低限の健康管理として対応いただきたいと思います。ここまでは、すでにお金をかけて実施している法定健診の活用ですので、追加の費用が必要なわけではありません。

ポピュレーションアプローチ

ハイリスクアプローチは病気の重症化を防ぐことには有効ですが、病気の本質的な予防にはなりません。また、病気を予防することだけでなく、体調不良による生産性の低下を防いだり、高齢化に伴う転倒災害を防止するためにも、集団全体の健康度を上げる働きかけが重要です。これをポピュレーションアプローチと呼びます。

ポピュレーションアプローチと一言でいっても、無数のプログラムがありますので、まずは、職場の健康課題に合った、可能な限り多くの従業員が参加できるテーマで取組むことをお勧めします。その際、健康課題といっても、中小企業では統計分析をしなくても、経営者や担当者の実感をもとにしても構わないことを前回、ご説明いたしました。一般に生活習慣には、運動、栄養、休養(睡眠)、嗜好品(アルコール、タバコ)があります。これらの中から、課題を選択しましょう。

仮に栄養を選んだとします。栄養で気を付けなければならないことはたくさんありますが、職場で取組めるプログラムは限られています。職場で過ごす時間は限られており、できることは昼食のメニューのヘルシー化、飲料の自動販売機のヘルシー化などです。それでも、教育的な配慮を加えることによって、昼だけでなく、朝晩の食事にも注意を払うように促すことは可能です。

運動プログラムにおいては、できるだけ集団の取組を大切にします。ウォークラリーをチームで競わせることによって、より成果が上がりやすくなります。また、お昼休みの体操でも、個人ごとに行うのではなく、例えばホールに集まって全員で行うことによって、職場の活性化に繋がるなどの付随効果が生まれます。

最初から欲張るのではなく、まずは身近なテーマで開始して、健康面やコミュニケーション面で少しでも成果が上がれば、テーマを広げていくといいでしょう。

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職場環境の改善

人の行動は、環境に大きく左右されます。健康経営では、職場環境や制度にも配慮したいところです。たとえば、とても労働時間が長い人に、運動をするように指導しても、そもそも運動する時間もありませんし、むしろ空いた時間は休養に充てるべきかもしれません。いつでもタバコを吸える立派な喫煙室があり、社内にタバコの自動販売機があったとしたら、いくら教育をしても喫煙率は下がらないでしょう。一方で、工場の構内に運動できるスペースがあったり、自転車通勤をしやすい環境や制度があれば、運動をする人が増えるかもしれません。最近、昇降式の机を導入するオフィスが増えていますが、座っている時間が長い仕事は健康に対してマイナスの影響が大きいことへの対策です。

このような職場環境の改善は、トップダウンで行うよりも、従業員がアイデアを出し合って、それを実現することの方がいいでしょう。それによって、現場のニーズに合った改善を行うことができますし、そもそも自分たちの意見が改善に反映することは、職場のコミュニケーションや活力を向上させる効果があるためです。

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最後に

健康経営で展開してほしいプログラムについて、まずはすでに行われている健康診断を十分に活用すること、次に各職場の健康課題に沿った、多くの従業員が参加できるプログラムを実施すること、健康課題の解決を促すような職場環境や制度を改善することを、職場の皆さんで話し合って企画して実行することによって、皆さんの会社も健康経営企業になれるはずです。その際、前回ご説明したように、何か数値目標を立てて、その成否を改善に結び付けることは忘れずに行ってください。




[第6回] 企業の存続と健康経営

産業医科大学産業医実務研修センター 准教授 柴田 喜幸

中小企業のための健康経営ゼミナールの最終回は、連載の総まとめを兼ね、企業の存続発展と健康経営の関係をおさらいします。企業が従業員の健康に注力することが、単に福利厚生や人道にとどまらず、経営活動にとって不可欠であることを再確認しましょう。

1.「人がいなければ事業はできない」

先日、チェーンの飲食店の重役をしている友人が「人が足りなくて、何軒か店を閉めたよ」とこぼしていました。「外人も高齢者もいないんだ」「来てもすぐに辞めてしまう」と言います。人気店で開店さえすれば利益はあがる会社だけに本当に悔しい面もちでした。

私が社会に出た30年前は、長時間残業や休日出勤が続いたり、病気にかかったりして職場に休みを申し出ると「ずっと休んでいろ。代わりはいくらでもいるんだ」などと言われたものでした。実際、求人を出せばいくらでも「代わり」の人は応募してきましたし、文句を言わず、休みもとらず、粛々と働く人が早く出世していく会社も多かったようです。

皆さんの新人時代はいかがでしたか?

一方、’80年代後半のバブル時代は人手不足の売り手市場になり、やがてバブル崩壊やリーマンショックなどで、再度就職氷河期が来ました。そして今また採用難です。

こうして、雇用の需給は時代によって行ったり来たりしてきました。では、現在の採用難は、何年か待てばまた買い手市場が来るのでしょうか。

この連載でも森教授が触れたように、日本の労働市場の先行きはなかなか暗いようです。IT化・グローバル化が進んだとは言え、多くの企業では従業員がいなければ工場は回らず、店は開けず、物は売れず、配達はできず、というわけです。

では今日、どんな企業なら「人」が働くのでしょうか。

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2.従業員確保の2面

従業員の確保には、大きく

  • ① 採用
  • ② 保持

という2つの側面があります。

①採用は、学生や求職者にとって魅力的な組織であることが重要です。民間の就職サービス企業マイナビ社による学生の就職観の調査では、この20年間の1位は「楽しく働きたい」でした。一方で、収入を重んじる人は、8つの選択肢のうち7番目です(図1)。つまり、景気の浮沈にかかわらず、お金さえ積めば人が来てくれる時代ではないといえましょう。

(図1) 就職観の推移(01年卒〜19年卒)

(図1) 就職観の推移(01年卒〜19年卒)

②保持は、入社させた社員に去られないという意味合いです。上記と同じ調査では、行きたくない会社のトップは、「暗い雰囲気の会社」で、こちらも20年間不動の1位です(図2)。

(図2) 行きたくない会社(01年卒〜19年卒)

(図2) 行きたくない会社(01年卒〜19年卒)

(図1、2出典:2019 年卒マイナビ大学生就職意識調査 http://mcs.mynavi.jp/enq/ishiki/data/ishiki_2019.pdf)Copyright(C)2018 Mynavi Corporation

また、就職を前にした学生のうち約6割が「将来的に転職もあり」と考えているという調査もあります(株式会社i-plug 就活生『働き方』意識調査2019年卒http://offerbox.jp/company/info/13856.html)。つまり、「採ってしまえばこちらのもの」というものではなく、社員にとって魅力ある組織・職場であり続けることが必須であると言えましょう。

3.「人が集まり、辞めない職場作り」のために

保持=人が辞めない施策はさまざまですが、ここでは大きく2つを挙げます。1つ目は個の成長、つまり仕事を通じたやりがいや能力開発です。ただ「いる」だけでは戦力にはならず、また本人も何年働いても力量が変わらなければその会社で働き続ける甲斐も増していかないでしょう。教育機会はもとより、定期的に面談をして希望の業務を聴いたり、新たなことに挑戦させるなども重要です。

もう1つの側面は健康を含む働くサポートです。適正な給与や評価・処遇などもそれにあたります。これまでの5回で森教授より詳しい解説がありましたので再度確認されることをお勧めします。ここではそれに加え、イキイキと働くために留意したいことに触れます。

(1) 仕事の要求度・コントロール・サポートのバランス(JDCS モデル;Job Demand-controlsupport Model)
これは、難しい仕事ほど、それと共に仕事上の裁量権や自由度を与えること、そして上司や同僚がサポートを提供することが重要という説です。

(2) 努力・報酬のバランス(ERIモデル;Effort/Reward Imbalance Model)
これは、仕事の遂行のために行われる努力に応じた報酬を用意することが重要という説です。ここでいう報酬とは金銭や昇進のみならず、「褒められる」「表彰される」なども含みます。

これらがアンバランスだと大きなストレス反応が発生するというものです。

こうして組織と個々が、そして個々同士が互いを高め合い大切にしあうことを通じ、組織は「単に個の寄せ集めとしての集団」を超えた「チーム」となり、より生産性も競争力も向上することでしょう。

こうしたことは、例えば「グループダイナミクス」「組織開発」といったキーワードでさまざまな書籍も出されていますのでご参考にされてください。

4.まとめにかえて

ここまで述べてきたように、従業員を大切にするということは、単なる「義理人情」ではなく、経営活動そのものであると言えます。単に採用できたから、金銭的に厚遇しているから、というだけでは「引きとどめる」には不十分です。他社や労働市場がどのような流れにあるかを敏感に察知し続けないと、ある朝、長年信頼してきた優秀な社員から、「辞めさせていただきます」という申告がないとも限りません。

もちろん、組織や部門の働かせ方、安全や健康への配慮の不足から病気やケガが続出するなど論外ということは言うまでもありません。

どんな採用広告、商品広告より、従業員自身による会社評価がなによりの企業PRだと考え、人事労務施策に取り組まれることを希望します。

前述のとおり、人が集まり、そして健康でなければ、工場は回らず、店は開けず、物は売れず、配達はできず、企業は立ちいかないのです。

企業の存続のためにも健康経営の推進をお勧めします。

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※健康経営は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

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