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第2回 メンタルヘルス

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第2回 メンタルヘルス

【執筆:平松 利麻(ひらまつ りま)先生】慶應義塾大学SFC研究所 所員、トラヴェシア社会保険労務士事務所 代表

【はじめに~コロナ時代における職場のメンタルヘルスの課題とは~】

新型コロナウイルス感染症の拡大により、私たちの働く環境は一変しました。働き方改革の中でも、なかなか進まなかったテレワークが一気に普及し、様々なアプリケーションを使ったウェブ会議やウェブ営業なども、今では日常的に行われるようになっています。 テレワークの場合も、オフィスワーク時と同様に、会社は社員に対して安全配慮義務が課せられており、労働基準法の災害補償、労働安全衛生法および労災保険法が適用されます。

一方、テレワーク時は、通常のオフィス勤務とは異なる心理的ストレスがかかることが指摘されています。例えば、動画やチャット等によるウェブを通じたコミュニケーションによるストレスの増加などが挙げられます。このような状況のもと、人事労務担当者から、「テレワークで生産性は高めつつ、社員のメンタルヘルスの維持・増進につながるような取組を行いたいのだけれど、どうすれば良いですか」、といった質問や相談を受けることが多くなりました。

【取組みたい「ワーク・エンゲイジメントの向上」】

では、具体的にどのような対策を行えば良いのでしょうか。そこでお勧めしたいのが「ワーク・エンゲイジメント(以下、WE)」の向上を意識したメンタルヘルス対策です。

WEとは、働く人が自分の仕事に誇りややりがいを持ち、熱心にいきいきと夢中になって取り組めている状態を指します。この時、社員の仕事に対するエネルギーは高く、かつ、心身の健康状態も良好です。また、仕事のパフォーマンスは向上し、クリエイティブな面でも成果が発揮されることが明らかになっており、近年注目が高まる健康経営優良法人認定基準にも採用されています。

WEと反対の状態とは、まるでランニングマシーンを走っているかのように、仕事に追われて無理をしている状態です。これを「ワーカホリズム」といいます。
ワーカホリズムの状態を続けていると、無理がたたり、いつかエネルギーが切れて倒れる日がやってきます。この状態を「バーン・アウト」といいます。WEもワーカホリズムも、「バリバリ働いている」という点では同じように見えます。しかし心の状態が違っており、それによって結果がこうも大きく変わってしますのです。

旧来の職場のメンタルヘルスでは、単に「病気でない状態=健康」と定義されていました。
しかし、それでは「病気ではないが、仕事にやりがいも感じられず、なんとなく毎日を過ごしている状態」も「健康な状態」に含まれてしまいます。1日のうち、仕事をしている時間は3分の1以上を占めるわけで、この時間が充実していなければ、雇い主である使用者にとってはもちろん、当事者である社員にとっても、つらいものになるのではないでしょうか。

こうした考えから、現在の職場のメンタルヘルスでは、WE向上を重視するというように軸足が変わってきているのです。

「図:ワーク・エンゲイジメントと関連概念」は島津明人氏(慶應義塾大学 総合政策学部教授)の許諾を得て掲載

【ワーク・エンゲイジメント向上のカギを握るのは、「上司の支援」】

では、どうすれば、WEを高めることができるのでしょうか。
まずWEを高める要素には、仕事に由来するもの(=仕事の資源)と、そのひと個人に由来するもの(=個人の資源)に分類されます。

具体的には、「仕事の資源」に分類されるものとして、
①上司・同僚のサポート
②仕事の裁量権
③パフォーマンスのフィードバック
④コーチング
⑤課題の多様性
⑥トレーニングの機会
が挙げられます。

また、「個人の資源」に分類されるものとして、
⑦自己効力感
⑧組織での自尊心
⑨楽観性
が挙げられます。

実は、これらの要素は、特に「上司の支援」によって増減するのが特徴だと言えるでしょう。
例えば、「仕事の資源」に分類されている6つの要素について、上司から部下に対する仕事での直接的なサポート(=①)はもちろん、部下に対して仕事の裁量権を与えたり(=②)、パフォーマンスについて「さっきの会議でのプレゼン、良かったよ」とフィードバックしたり(=③)、単に答えを教えるのではなく、部下が自分の力で答えにたどり着けるよう導いたり(=④)、様々な課題にチャレンジできるよう環境を整えたり(=⑤)、OJTやOFF-JTなどの機会を与えたり(=⑥)してくれる上司がいれば、社員のWEが高まることが期待できるのです。
また、「個人の資源」に分類されている要素も、例えば「自分には仕事を成し遂げる力があるという実感を示す「自己効力感」や自分は組織の中で役に立つ人間だという自己評価である「組織での自尊心」など、個人の資源とされている要素も、上司が個人のパフォーマンスについて適切なフィードバックをするなど、「仕事の資源」に属する要素を高める行動をとることによって、相互作用で高めあうことができると考えられます。

コロナ時代にあっては、部下とのリアルでのコミュニケーションがなかなか取りづらいという状況があるため、上司の支援についてもその方法に一工夫が必要になるかと考えます。直接の声かけができない場合は、チャットツールやウェブ会議ツールを使って行うのも方策の一つでしょう。職場の特徴に合わせて、ぜひ、色々と工夫してみて頂ければ嬉しく思います。

※健康経営は、、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

【参考文献】

1.島津(2009) 産業ストレス研究,16,131-138
2.「図:ワーク・エンゲイジメントと関連概念」は島津明人氏(慶應義塾大学 総合政策学部教授)の許諾を得て掲載

【参照:インデックス】