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第6回 仕事と治療の両立支援

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第6回 仕事と治療の両立支援

【執筆:丸田和賀子(まるた わかこ 先生)】社労士事務所 みなわコンサルティング 代表

仕事と治療の両立支援に企業が取組むことのメリットは?

まず、企業の従業員に対する健康確保対策については、労働安全衛生法で定められています。従業員が病気になったり、病気が悪くなったりすることを防ぐための措置が求められているのです。

ところで、今後労働力人口が減っていく中で、企業にとって人材の確保は大きな課題の一つです。今まで様々な理由で所定労働時間オフィスに出勤することが難しかった方が働ける環境を整備することは、これからますます重要になるでしょう。

以前なら休職または退職して治療に専念することがほとんどだったようながんなどの病気も、医学の進歩により状況によっては働きながら治療をすることが可能になってきています。
従業員が業務によって病気を悪化させることなく、仕事と治療を両立するための支援を適切に行うことは、人材の確保、離職の防止に効果があります。

また、不安なく従業員が働ける環境を作ることで、モチベーションが上がり労働生産性を維持・向上することも期待できます。そして、仕組みが整っていることは、当事者だけでなく、他の従業員にとっても安心して働き続けることができる要因となり、企業イメージの向上にも繋がるでしょう。

今回、感染症の影響でテレワークや時差出勤制度の導入が一気に進みました。元々日本でのテレワークは、1984年に育児や介護で通勤できない従業員を対象に、ある企業で導入されたのが最初と言われています。
これらの柔軟性のある働き方を制度として導入することで、感染症防止のためだけでなく、育児や介護をしている従業員、障がいを持つ従業員、そして治療が必要な従業員など、様々な従業員が働きやすくなります。

他にも例えば、両立支援では、状況によってトイレ等の環境整備(オストメイト対応設備の設置等)、バリアフリー化等が必要になる場合も考えられます。これらの施策は、両立支援が必要な従業員だけでなく、他の多様な従業員の活用にも役立つ可能性があります。

制度導入の際には、「両立支援のために」ということだけでなく、もう少し広く、「様々な従業員が働きやすくなるための環境整備の一環」という視点で捉えてみられてはいかがでしょうか。

仕事と治療の両立支援において生じやすい問題は? 

「病気の治療と仕事の両立に関する実態調査(企業調査)」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2018))によると、私傷病等の疾患の治療と仕事の両立支援制度の課題(複数回答)として、最も多かった項目は「休職者の代替要員・復帰部署の人員の増加が難しい」(54.3%)でした。
また、順位は高くありませんが、「医療機関(主治医)との連携が難しい」(10.5%)との回答もありました。

加えて、病気の治療と仕事の両立に関する実態調査(WEB 患者調査)」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2018))では、次のような結果が出ています。 疾患罹患後、自身の病状等について、勤め先に相談・報告したか(複数回答)という問いに対し、「勤め先には一切相談・報告しなかった」との回答が26.9%ありました。
通院頻度が週2回以上の場合でも、「勤め先には一切相談・報告しなかった」が11.1%、週1回程度の場合が13.0%であり、一定程度の患者が通院しながらも勤め先には報告していない状況が見受けられます。

同調査で、勤め先に希望する配慮事項(複数回答)として、「通院治療のための休暇取得」(35.0%)、「入院・治療等に対応した長期の休職・休暇」(33.8%)に次いで、「疾患治療 についての職場の理解」(25.8%)が上がりました。

これらの項目について見て行きたいと思います。

●休職時(短時間勤務時)の代替要員

柔軟な働き方を進めていく中で、複数人で業務を共有するなど、誰かが抜けてもフォローし合える仕組みを活用しましょう。
また、情報や資料を担当者だけが分かる状態にせず、ファイルサーバに分かりやすく整理して保存しておくなどして、誰が見てもどこに何があるかが分かる状態にしておきましょう。

複数の業務に関われる人材を育成しておく方法や、欠員のサポート、共通する業務のフォロー等を行う部署を設置するという方法などもあります。

●医療機関(主治医)との連携が難しい

情報のやり取りについては、「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」(厚生労働省)の「治療の状況や就業継続の可否等について主治医の意見を求める際の様式例」等を状況に合わせて修正し、活用しましょう。

また、2018年、治療と仕事の両立支援に関する診療報酬の制度が新たに作られ、主治医による両立支援の指導等が保険適用の診療として認められました。ただし、当時は対象疾患はがんのみで、産業医からの文書での助言が必要でした。続いて、2020年に改定があり、脳卒中、肝疾患等も対象となり、産業医が選任されていなくても、総括安全衛生管理者、衛生管理者、安全衛生推進者、保健師のいずれかが選任されていれば対象になることとなりました。これにより、治療の一環として、主治医への意見聴取がしやすくなりました。

●従業員からの申し出がしにくい

治療と仕事の両立支援は、従業員からの申し出があった時にスタートすることとなりますが、「通常通り働けないことが分かると、評価に影響するのでは」「周囲に迷惑をかけるのでは」など、職場に病気のことを話しにくいと感じる場合もあるようです。

事業場内ルールの作成と周知、従業員や管理職等に対する研修、相談窓口や情報の取扱方法の明確化など、申し出が行いやすい環境を整備することが必要でしょう。
また、従業員のメンタル面への配慮も大切です。特にがん治療の場合は、診断された後ショックを受け、仕事を続けられるかどうかしっかり検討しないまま離職してしまう場合もあります。

何かがあってからではなく、普段から報告・相談しやすい雰囲気作りに取組んでおきましょう。

●体制と周囲の協力

従業員に対して就業上の措置や治療に対する配慮を行うことにより、周囲の同僚や上司等にも負担がかかることになります。病気に関する研修等を当人だけでなく周囲の従業員に対しても実施し、正しい知識を身につけて両立支援の必要性を理解してもらうことが役立つでしょう。また、周囲への負担の重さ等にも配慮しながら、人事労務管理担当部門や産業保健スタッフ等が、組織的に支援を行うことが望ましいと言えます。


人生100年時代と言われる中で、長く働き続けられる雇用環境の整備が求められていますが、在籍期間が長くなると治療を受けながら働く従業員が増えることも予想されます。
今の時点で、会社に両立支援が必要な従業員がいなかったとしても、今後必要になってくる可能性は十分考えられます。これまで両立支援が必要なケースがなかったり、あっても個別に対応していた企業でも、企業としての取組みや制度作りを検討することは有意義だと言えるでしょう。


 

 
【参照:インデックス】