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メンタルヘルス・健康経営相談室

 


産業医科大学
産業医実務研修センター
柴田 喜幸(しばた よしゆき)先生
 みなさん、こんにちは。産業医科大学の柴田と申します。 
 一般財団法人あんしん財団と産業医科大学が行っている中小企業のメンタルヘルス問題の共同研究の代表をしています。
 
 さて、今回から始まるこの企画は、これまでの連載(
「健康経営ゼミナール」※1など)の続編として、一般財団法人あんしん財団が2019年2 月に開催した「メンタルヘルス対策シンポジウム」 等で寄せられたご質問や課題を中心に、共同研究メンバーが 分かりやすく解説をしていきます。

 2020年3月まで、毎月20日(予定)に計6回シリーズで掲載します。
 毎回執筆者やトピックを変えてお送りします。お付き合いください。


 

 
第1回 「中小企業のメンタルヘルス対策と健康経営について」


執筆:柴田 喜幸(しばた よしゆき)先生 
 産業医科大学 産業医実務研修センター 准教授



Question
   「中小企業でのメンタルヘルス対策。理想はわかるが、そんな余裕などない」という声を、どうとらえればよいのか?

Answer
 従業員の健康は、売上・利益の源泉そのものと考える!


 

 中小企業の方と従業員のメンタルヘルス問題のお話をしていると、「そんな対策をしている余裕はない」「面倒をみて甘やかしているより、辞めてもらって元気な新人をとった方が手っ取り早い」といったお考えをよく伺います。  
  聞きようによっては冷たいようでもありますが、しかし「そういうケアにお金や手間を使って、会社が潰れたら元も子もない」というお考えもよくわかります。

 こうした「社員が大事か、お金が大事か」「メンタルヘルスのケアは、甘やかしか、マネジメントか」という水掛け論にはあまり発展性が見込めません。そこで今回は「ビジネス視点」で中小企業のメンタルヘルスを考えてみたいと思います。

 さて、少し話が大きくなります。あなたの企業における経営課題はなんでしょうか。

 ある調査では、中小企業における売上拡大の最大の課題は断トツ1位で人材不足でした(東京商工会議所,2018、※2)。
 一方、別の大企業への調査(日本能率協会,2018、※3)でも、1位が収益力向上、2位が人材の確保でした。企業の大小を問わず、売上・収益を増やすうえでの深刻な課題は「人材確保」であることが見て取れます。
 
 つまり、経営にとって最も重大なのは、製品力や営業力にもまして、その根幹を支える「優秀な人材がいてくれること」なのだと読めます。

 人材不足に対する打ち手は大きく3つ、『採用』と『教育』と『離職防止』ですね。魅力ある人が来てくれて、そして辞めない会社、言い換えれば、「働きがいのある会社」にすることと考えます。

 では働きがいのある会社とはどんな組織なのしょう。
 
 働きがいにはいろんな研究や取組みがありますが、その1つが
ワーク・エンゲイジメントです。これは,「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態」で、活力,熱意,没頭によって特徴づけられます.そして、これらが揃っていることは、生産性にも強く影響してくると言われています(※4)。
 
 では、このワーク・エンゲイジメントを高めるにはどうしたらよいのでしょうか。
 
 それには、個人の要因のほかに仕事や環境の要因があると言われています。例えば、
   *上司・同僚のサポート
   *仕事の裁量権
   *行った仕事に対するフィードバック
   *教育の機会
 等がそれにあたります。

 そしてそれらは、奇しくも、メンタルヘルスの状態を左右する原因とも通じています。
 つまり、メンタルヘルス状態を良好にすることは、ワーク・エンゲイジメントを高め、ひいては仕事の成果(パフォーマンス)に結びつくのであれば、甘い・辛いという感情を越えて、是非強化しなければいけませんね。
 表1は、その代表的な考えを簡単に整理したものです(※5)



表1 メンタルヘルスに影響することがら
  名称  意味合い(職場で留意すべきこと)
  1  仕事の要求度とコントロール
  仕事の要求度が高くなるに伴って、より本人が
  その進め方(裁量権や自由度など)をコント
  ロールできるようにすること
  2  仕事の要求度に応じた資源   仕事の要求度に応じた上司や周囲の支援がある
  こと
  3  努力と報酬の均衡   仕事のための努力に対して得られる報酬が少な
  いと感じられた場合に、より大きなストレス反
  応が発生するので適正・適切な報酬を与えるこ
  と。
  報酬とは、経済的・心理的報酬(尊重)・ キャ
  リア(仕事の安定性や昇進)も含む

 また、上表の3では、「組織公正性」の視点も重要です。それには大きく次の4要素があります。
 ⑴「分配」:給与や役割の分配の公正性
 ⑵「手続き」:それを決めるに至ったプロセスの公正性
 ⑶「情報」:情報を偏りなく、平等に与えているか
 ⑷「対人関係」:公正に扱っているか、尊厳をもって接しているか
こうしたことも、個々人のメンタルヘルス、ひいてはやる気、生産性にも影響していきます。

 ここまでを整理してみると、働きやすさややりがいは、社員を甘やかすとか、余裕があったら手を打つということではなく、経営そのものだといえましょう。

 また、ハーズバーグという人は、人のやる気には「働きやすさ」(衛生要因)と「やりがい」(動機づけ要因)が必要であると説きました(※7、表2)。

表2 働きやすさとやりがい
   例 特徴 
 やりがい
(動機づけ要因)
 達成・承認・仕事内容・責任・昇
 進・成長やその可能性など
  多いほどやる気につながる
 働きやすさ
(衛生要因)
 組織の方針・人間関係・職場の環
 境・身分・安全保障・給与や福利
 厚生 
  整っていないと不満につなが
  る(あっても当たり前)
 
(ハーズバーグの2要因理論を柴田が要約)

 また、GPTWという団体では、「働きがいのある会社」をこの2つの要因から分析し、調査や表彰をしています。そして、両方がかね備わった組織は、成長すると唱えています(※8)。
 
 これはたとえば、冒頭に挙げた、人材の確保にも大きく影響するでしょう。こうした第三者機関により「この会社は働きがいがある」と認められれば、優秀な人もとりやすくなるでしょう。また、働く人自身が評価する仕組みですので、そもそもこのスコアが高く表彰される組織は「働きがい」があるわけで、人の流出も少ないと考えられます。

 いま、会社がビジネスを進めていくには人材の確保が大きな課題であること、そしてそれには、働きがいに手を打つことが重要であると述べてきました。
 
 昨今、このことを産業保健の視座から進めているのが、昨年度の連載にもある
「健康経営」です(※9)。この活動に取り組んでいる証でもある「健康経営優良法人」への申請数も右肩上がりで進んでいます。
これは「義理人情」ではなく、企業が競争に勝っていくための必須事項になっていく現れなのかもしれません。

 こうした流れを読みとり、従業員のメンタルヘルス対策を、「経営そのもの」という視点で取り組んでください。

<参考資料 等>
※1   
https://www.anshin-kokoro.com/health_and_productivity_management-index.html
※2 http://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=117373  p5
※3 https://www.jma.or.jp/img/pdf-report/keieikadai_2018_sokuho.pdf
※4 島津明人「ワーク・エンゲイジメント」,労働調査会(2014)
※5 労働政策研究・研修機構.「中小企業における人材の採用と定着 (Report). 労働政策
       研究報告書 147」. (2012). 第II部第3章 等を柴田が要約
※6 井上彰臣「職業性ストレスと組織的公正」,ストレス科学研究 2010,25,7-13
※7 ハーズバーグ「仕事と人間性」,東洋経済(1999)
※8 Great Place to Work® https://hatarakigai.info/hatarakigai/
※9 森晃爾「成果の上がる健康経営の進め方」、労働調査会(2016)



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