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『活用しよう社外の専門家!~メンタルヘルス対策に悩んだら~』シリーズ連載開始にあたって
産業医科大学
産業生態科学研究所精神保健学
産業医実務研修センター
廣 尚典(ひろ ひさのり)先生
私どもは一般財団法人あんしん財団との共同研究で、職場の心の健康問題対策に役立てていただける「メンタルヘルス対策支援ツール」を開発してきました。ストレスが少なく働きやすい職場づくりのヒントから、不調者が出てしまった際の対応法まで、全部で8種類あります。
事業主や担当者の方々が、この8つのツールを活用しながら、本コーナーもチェックされて、自社の従業員の心の健康問題に向き合われることを、そしてそれを通じて職場全体の活力が向上することを願って止みません。
本シリーズでは、職場で起こった、あるいは起こる可能性のある心の健康問題について、相談に乗ってくれる専門家、専門機関を紹介していきます。それぞれの得手、不得手、具体的な相談の仕方なども盛り込んで解説してもらいますので、ぜひお読みください。
半年間、毎月30日(予定)に計6回シリーズとして掲載いたします。
第3回 メンタルヘルス対策のご相談は「社会保険労務士」へ
執筆:久野 亜希子(ひさの あきこ)先生
ひさの社会保険労務士事務所 所長/特定社会保険労務士
従業員を雇用した際の経営者の責任に、企業規模は関係ないことはご存知のことと思います。確かに、産業医の選任、障害者雇用義務、女性活躍推進法など一定の規模以上の企業にのみ義務化されている法令は一部ありますが、基本的には、「うちは中小企業だから」「零細企業だから」ということが免罪符となるわけではありません。
例えば、業務上の事故が起こり、従業員が死亡した場合も、「経済負担能力が低い」という理由で民事上の責任(安全配慮義務※)を免れるわけではありませんし、社内でパワーハラスメントなどが起こって会社名が報道された場合の社会的信用の失墜という面でも、大企業と変わりありません。
※ 安全配慮義務 = 従業員の生命や身体、健康などに配慮しなければならないという、経営者の義務。
そもそも、今後、労働力人口が減少していくことが予測される中で、企業を存続していくためには「より良い人材の確保」こそが中小企業のキーワードとなっています。さらに、働き方改革により、中小企業であっても「時間外労働の上限規制(※令和2年4月~)」や「年次有給休暇の時季指定義務(※平成31年4月~)」が適用されるなど、今年度からは特に「業務の効率化」が避けられない問題となっています。
何とか工夫して、「一人ひとりの従業員の能力を高め、業務の洗い出しを行い、効率化を進め、より働きやすい職場環境の形成へ。そうすれば求人をかけた際の応募も増え、人材不足も解消する。」…と思い浮かべた経営計画を実行したくても、そのような職場環境改善の業務を行える従業員がいない・足りないなど、経営者が抱えている問題を解決してくれる人材が社内に見いだせない現状をどうすればよいのか、という回答の1つに「社会保険労務士の活用」をご提案いたします。「メンタルヘルス対策」についても、区別することなくご相談いただきたいのです。
ところで、「メンタルヘルス対策」という言葉を聞いて、「うちにはうつ病の社員はいないから、関係ないと思います。」と言われる方は少なくありません。より働きやすい職場環境へ改善していく取り組みの際、「メンタルヘルス対策」は欠かせない要素になることをご存知ないからでしょう。自社の実態にあった改善ポイントが見えてくる利点があるとわかると、興味をもっていただけるのではないでしょうか。
このように、うつ病などメンタルヘルス不調者への対応だけではない「メンタルヘルス対策」を無理なく進められる取り組みをご提案できるのも、専門家の強みです。とりわけ、労働時間・休暇等の社内制度の構築・変更など、働き方改革も見据えた労働法・労務管理全般の視点からの助言等が得られるのは、社会保険労務士のみとなっています。
というわけで、ここからは、社会保険労務士にご相談することで得られる具体的なポイントを、1次予防から3次予防という段階にわけてお伝えします。
1次予防 … メンタルヘルス不調の未然防止
1次予防は「セルフケアについての教育研修等」と「職場環境改善活動」の2つにわけられます。前者については、そもそも従業員の「自己保健義務※」が基盤となっています。心身ともに、自らの 健康管理をおろそかにしている従業員では、その能力を発揮することができないばかりではなく、第1回目で廣尚典先生もお書きになっているような「プレゼンティーイズム(生産性の低下等)」の問題も起こるでしょう。そうならないため、従業員に対する計画的かつ継続した教育研修・情報提供が求められますが、自社にあった仕組み(心の健康づくり計画等)や、就業規則の規定とリンクした制度づくりの助言が得られます。
※ 自己保健義務 = 会社側に「安全配慮義務」がある反面、従業員側にも、自らの健康を保持・増進させる義務があり、これを「自己保健義務」と言います。なお、メンタルヘルス不調を含めて何らかの病気を抱えた際の「療養専念義務」も従業員にはあります。
後者「職場環境改善活動」は、より働きやすい職場への取り組みです。この際、「ストレスチェック制度の集団分析」を用いると、全国平均と比較した職場ごとの健康リスクが数値化され、より的確な改善活動へとつなげることができます。「ストレスチェック制度の集団分析」を用いない場合であっても、業種の特徴や、従業員の配置、業務の流れ、実際に起こっている問題等、社内の現状を客観的に把握することからはじめます。
いずれにせよ、これらの職場環境改善活動の結果を検討し、導き出した改善案が、労働法とどのように整合性をとっていくのかという問題や(従業員のためによかれと思ったことが、法令に抵触してしまうこともあります。)、就業規則など社内ルールの変更についても的確な助言が得られます。
2次予防 … 早期発見・早期対応
2次予防は、早期発見・早期対応です。メンタルヘルス不調が疑われる従業員が自ら早期に専門医を受診してくれることが理想ですが、心の健康問題は自ら気がつけない特徴がありますので、この段階は本人の上司(管理監督者)に託すことになります。しかし、管理監督者の多くは、部下の様子に気を配れるほどの余裕がないことがあり、結果として部下のメンタルヘルス不調を見逃すケースが少なくありません。そのため、管理監督者教育を行うことはもちろんですが、管理監督者の業務量の問題を看過するわけにはいきません。実効性ある対応としては「サブリーダー的な役割を行う人材の登用・育成」ですが、この際の人事制度や給料体系の変更についての助言が得られます。
3次予防 … 職場復帰支援、再発予防
最後の3次予防は、職場復帰支援、再発予防です。すでにご経験された方はご承知の通り、職場復帰後の支援はとても大変です。本人の日々の業務管理、服薬・通院の確認、主治医との連携等に加えて、ときとして遅刻・早退・欠勤への緊急対応、再発・再燃、結果として退職に至るケースもあります。本人の上司(管理監督者)や周りの従業員も、業務の分担等により疲弊してしまうこともあります。
貴重な人材の流出等を防ぐためには1次予防、せめて2次予防を求めたいところですが、どのように仕組みを作っても、運用をしても、3次予防の対応を余儀なくされることはあります。そのときに必要な対応は、「私傷病休職制度(豊富な判例の知識が必要です)」「職場復帰支援プログラムの作成・運用」「職場復帰支援プランの作成・見直し(主治医との連携が必須)」「職場復帰後の勤務体制、休暇制度(職場の実態にあった制度)」という社内制度を活用しながら、本人の職種、病状等にあわせた個別の対応になります。
「私傷病休職制度」1つとっても、対象となる従業員は?休職期間は?休職期間中の労働条件は?職場復帰の判断基準は?休職期間満了となったときの取扱いは?など、深い労働法の知識が不可欠ですが、社会保険労務士にご相談することにより、自社にあった助言が得られ、円滑で確実な職場復帰支援の仕組みづくりが実現できます。
以上、社会保険労務士の活用についてお伝えしました。
「社会保険労務士に相談をしたくても、そもそもよくわからないことに対して、どのようにご相談したらよいのかわからない。」などの不安や抵抗感がある場合は、ぜひ参考にされてください。
【 参 考 】
□ひさの事務所だより(YouTube)