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【最終回】第6回 経営者としての実感、従業員の実感、外部への発信、より高いレベルを目指す!

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【最終回】第6回 経営者としての実感、従業員の実感、外部への発信、より高いレベルを目指す!

【執筆:森 晃爾(もり こうじ)先生】産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学研究室 教授

実感値が大切な中小企業の健康経営の成果

前回までの取組みが定着することによって、十分に健康経営優良法人の認定を受けられるレベルに到達しています。しかし、健康経営の本当の成果を享受するためには、「健康経営優良法人への道」の前に“本気の”が付いている必要があります。このことは、初回にお話ししました。本連載の最終回になって、いよいよ“本気の”健康経営の成果が表れます。

健康経営では、取組みの成果を評価して、その結果に基づいて改善を図ることがとても大切です。大企業では、このような評価は数値化することが求められます。しかし、中小企業の場合には、従業員数が少ないため数値化の効果は限られており、むしろ経営者や健康経営担当者と一人ひとりの従業員との間で顔が見える関係ですので、実感値がとても大切に思います。

(1) 従業員間の関係にみられる成果

健康経営に取組み始める前、開始して1年経過したとき、そして今と比較して、職場で従業員が健康を話題にすることはどれくらい増えたでしょうか。自分の病気や体調の話でもいいですし、最近、ニュースで見たり、雑誌で読んだりした健康管理の話でもいいでしょう。健康診断や健康経営のプログラムに、従業員の皆さんはどれくらい自主的に参加をしているでしょうか。健康診断で治療が必要と言われた従業員は、催促しなくても、自主的に受診しているようでしょうか。もちろん、全員が一度にという話にはなりません。しかし、このような行動を取れる従業員が大多数を占めればあとは時間の問題です。

そもそも職場で自分の健康の話をしたり、子供のころの通知表のように健康診断の結果を見せ合ったりする職場は、プライバシーという域を超え、高い信頼関係で結ばれている職場のように思いませんか。これは、健康という話だけでなく、仕事でも同じで、お互いに信頼して、アイデアを出し合って仕事をするようになっています。

(2) 経営者と従業員の関係にみられる成果

健康経営では、従業員の声を聴きながら計画を作っていくことが重要であることは、前回に触れました。従業員の健康のための取組みですから、その当事者である従業員の参加なしに取組みを進めることは考えられないことです。お客さんの声を聴かなければ商売が成り立たないのと同じです。

従業員にとっても、仕事に関する意見を上げることは躊躇しても、健康経営の話なら提案しやすいかもしれません。そのように上がってきた提案について、従業員に長く健康で、イキイキと働いてほしいと考えている経営者は、その声に真剣に耳を傾けるしょう。経営者が自分たちの健康を真剣に考えていることが従業員に伝わることは、経営者と従業員の信頼関係の向上に繋がります。仕事面でも、よい提案を上げようという気になりますし、長く健康でいようという行動に結びつくはずです。そして、「この会社で働いていてよかった」、「知人にもこの会社を紹介したい」といった気持ちで働く従業員が増えるのです。

(3) 顧客との関係にみられる成果

健康経営に成功している会社を訪ねると、例外なく、訪問者である私たちに対して、すべての従業員がとても親切で、笑顔で挨拶してくれます。自分の会社に満足している従業員、誇りを感じている従業員は、当然のことながら、顧客の満足を上げようとする意識が芽生えることが多いと言われています。いわゆるES(従業員満足)がCS(顧客満足)の向上に繋がるということです。

(4) 総合的な成果

健康経営の展開によって、健康施策への参加者が増え、従業員の意識が向上し、生活習慣が改善する。そして、その結果、病気で休んだり、体調不良のまま仕事に出てくる従業員が減少するというのが、健康面の成果です。しかし、それだけではありません。ここまで説明してきたように、同時に、従業員間の相互の信頼関係が高まり、自分のアイデアを率先して提案する行動が芽生え、さらに顧客にもできるだけ満足してほしいという行動を取るようになる。また、知人にも自分の会社を紹介するといったような変化が生じます。これらは、経営上は極めて重要な健康経営の成果と思いませんか。このような効果は、健康面の成果より、早くでるものもあるのです。

外部への発信

健康経営優良法人が取得でき、従業員の健康意識、信頼関係が変化してきたという自覚が出てきたら、次は、外部への発信に心掛けることです。別に会社の宣伝をしろといっているのではありません。この事実を伝えることによって、会社がより大きく健康経営に取り組むきっかけになり、世の中が健康で、幸せになることに貢献できるからです。

外部発信の方法の基本は、会社のホームページへの掲載です。健康経営は経営の一部として実施しているものですし、いわゆるESG経営の重要な要素ですので、自信をもって発信してください。内容は、経営者としてどのような想いで始めたのか、どのような取組みをしているか、従業員はどのように思っているのか、経営者として健康経営に取ん組んだ実感はどのようなものか、といった文章で表現したものでも構いません。健診受診率の向上や喫煙率の低下などの目に見える成果があれば、そのグラフを載せてもいいでしょう。いずれも、ここまで取組んできたことですから、難しくないと思いませんか。

そうこうしているうちに、地域のミニコミ誌のインタビューに答えて自社の取組みを紹介する機会がくるかもしれません。また、商工会などから講演の依頼が来るかもしれません。そのような時は、絶対に断ってはいけません。喜んで受けましょう。その宣伝効果は、金額に換算すると相当に大きいものです。そこまで行けば、地域で有名な、皆が働いてみたいと思うような会社、採用するためにほとんどお金をかける必要がない会社になっているはずです。

最後に
このような成果を聞いて、「うちの経営にはそのような成果は要らない」と思われた経営者は、健康経営は要らないでしょう。「本当にそんな素晴らしい成果が健康経営で生じるのか」と半信半疑の方は、ぜひ騙されたと思って、3年間、真剣に健康経営を行ってみてください。
健康経営に本当に成功している会社では、新型コロナウイルス感染症のさなかでも、従業員が感染予防の行動を取るだけでなく、率先して顧客を守るためにも様々なアイデアを出し、取り組んでいます。もし、そこに相談できる医療・保健専門職がいれば、そのことに科学的な根拠が追加にされ、極めて高いレベルの取組みをされています。必ずしもお金をかけずに。

全6回の連載に付き合っていただいた皆さん。ぜひ、“本気の”健康経営優良法人への道を歩んでみませんか。経営者がその気になれば、決して難しいことではありませんし、経営者が本気でなければ、従業員が長く元気にイキイキと働ける環境を作ることは不可能だからです。


 第6話 チェックポイント

中小企業では、従業員の実感や経営者の実感を大切にした健康経営の成果を評価しましょう。その成果が高まっていれば、すなわち大きな経営の成果を得ていることになります。そして、外部への発信を積極的に行いましょう。外から声がかかるようになれば、その時、御社は、地域で有名な、皆が働いてみたい会社になっているはずです。すべては、従業員に長く元気にイキイキと働いてほしいという経営者の想いが源です。