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第2回 社長の想いと健康経営のきっかけ

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第2回 社長の想いと健康経営のきっかけ

【執筆:森 晃爾(もり こうじ)先生】産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学研究室 教授

【健康経営で、何よりも大切なこと】

健康経営が成果を上げるために何よりも大切なことは、社長などの経営トップが、「従業員の皆さんに長く元気に働いてほしい」という想いを持つことです。この元気には、病気でないという意味だけでなく、イキイキとしたイメージも含まれます。

健康経営優良法人を取得すると、人を採用するのに有利だとか、安い金利でお金が借りられるらしいといったように、ただ単にそろばん勘定で健康経営を始めるのであれば、すぐにやめた方がいいでしょう。その理由は、そんな考えでは、ほとんど成果が上がらないからです。

前回も触れましたが、健康経営の導入した中小企業で生じる効果に、求人広告を出さなくても人が集まってくるような採用への効果があります。このような会社では、従業員が知人を紹介するといったことが頻繁に生じています。知人を紹介した従業員自身も、できるだけ長くこの職場で働きたいと思っています。こんな状況は、経営トップの想いがなければ生じるわけありませんし、目の前の従業員の皆さんが一番実感しているから生じるのです。


【お金に興味があるか、人に興味があるか】

少し前に、健康経営の共同研究をしているメンバーに言われたことで、すごく気にかかっていることがあります。それは、「経営者には、お金に興味がある人と、人に興味がある人がいる」という言葉です。もちろん、会社を経営していく上では両方が必要でしょうが、それでも経営者によってどちらに重点が置かれるか、その違いが大きいのではないでしょうか。

もう一つ、健康経営を積極的に展開しているある運送会社の社長のエピソードがとても心に残っています。この会社は、最初は規模拡大を追って大手運送会社の仕事を中心に受けていたが、その会社の方針に翻弄され、経営に行き詰りそうになり、従業員にも大きな迷惑をかけることになったそうです。こんなことでは、従業員を幸せにできないと考え、規模拡大から地域に密着した付加価値のある仕事を中心に据え事業展開を図る方針に切り替えたそうです。健康経営は、その事業方針の転換と同期して始めたそうで、自然な成り行きだったそうです。


【健康経営を始めるきっかけ】

健康経営で成功している中小企業の経営者に話を聞くと、健康経営優良法人を意識して始めたのではなく、経営者としての想いを果たそうと考えて始めたことが、結果的に健康経営であったという表現をよくされます。 それでも、何らかのきっかけがあったはずですので、もう少し話を聞いてみると、自分が大病を患ったとか、この間まで元気であった従業員が病気で亡くなったとか、健康の大切さが身に染みたようなきっかけを語られる方が多いようです。これは、肺がんや心筋梗塞で入院したことをきかっけにタバコを止めるといった行動と似ています。できれば、そのようなしい経験や苦い想いをしなくても、健康経営を始めるきっかけを考えていだきたいと思います。

職場にいる従業員を眺めてみてください。10年後にも、同じ年齢構成で会社は運営できそうですか。今よりも若年労働力が減少する10年後に、確実に「できる」と思われる方はほとんどいないのではないでしょうか。場合によっては、「平均年齢が10歳上がっていそう」と考えられる人もいるのではないでしょうか。このような状況は、会社の規模が小さい方が当てはまるはずです。そして、何の努力もしなければ、年齢が上がれば体力が低下し、病気が増えることは当たり前であり、それは、会社の生産性に直結することです。

今から15年ほど前に、小さな会社でも、何故か従業員の健康管理に一生懸命に取り組んでいる経営者にインタビューを行い、その理由を明らかにする研究をしたことがあります。 一人ひとりのきかっけは様々なもので、それを明らかにしたところで、取り組んでいない経営者をその気にさせることはできないことが分かりました。しかし、それから時がたち、今では、生産年齢人口が急激に減少していく日本で中小企業を経営している経営者が、どうして従業員の健康増進に踏み出さないか、とても不思議に思います。人への興味の大きさにかかわらず、人材がとても大切ということはわかっているはずです。

今、このコラムを読んだことをきっかけに、健康経営を意識してみませんか。

【健康経営に対する言い訳の4つ】

中小企業の経営者の皆さんから、健康経営を導入できない色々な理由を聞きます。「個人の健康はプライバシーにかかわるので踏み込むことができない」、「本来、健康管理は本人が取り組むべきもので、会社の役割ではない」、「うちのような中小企業には、時間的にも、人的にも余裕がない」、「そんな経営上の成果が怪しいものに取り組む余裕はない」といった4つが主なものです

それぞれに対して、「従業員の健康情報は、労働安全衛生法の範囲ではむしろ経営者が理解して利用しなければならないものですし、本人の同意に基づくものであればそれはプライバシー侵害なりません」、「本人が取り組むというのはその通りですが、健康は社会的な環境要因が大きく左右しますので、会社が支援することが重要です」、「中小企業の健康経営は、経営者自身が時間を投資する気があれば、それほど大きなお金を必要とするものではありません」と説明をします。そして、最後の理由については、「多くの好事例が出てきていますが、それでも信じて行動する経営者だけが成果を享受できるということです」とでも説明しましょうか。

いずれにしても、これらの取り組めない理由をお話になる経営者にも、一応の説明はしますが、多くの場合、それらは言い訳であることが多いため、いくら説明しても、また効果のエビデンスを示しても、納得いただけないことがほとんどです。近い将来困るのは、その経営者自身ですので、「それなら仕方がないですね」と切り上げることにしています。

最後に


健康経営は、経営者の意識次第です。まずは、10年後の会社経営に、従業員の健康がどれだけ大切かを考えてみてください。その状況が不安であれば、今いる従業員の健康を維持でき、若手の採用にも効果があることを信じて、健康経営を始めてみませんか。

第2話 チェックポイント

10年後のあなたの会社で働く従業員の姿・構成を塑像してみる。
さらに若年労働力が減少する近未来に備えて、健康経営を意識するきっかけとする。