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第1回 本気で健康経営に取り組んでよかったこと

【本文】

第1回 本気で健康経営に取組んでよかったこと

【執筆:森 晃爾(もり こうじ)先生】産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学研究室 教授

【連載の開始に際して】

健康経営に取り組む法人が増加しており、健康経営優良法人(中小規模法人部門)2020に応募した法人の数は6000を超えました。そしてその中から、4816法人が認定されました。このような認定数の増加を受けて、経済産業省は、大規模法人部門のホワイト500のような上位法人に対する新たな冠としてブライト500の創出を発表しました。健康経営優良法人に対するインセンティブ措置も、徐々増加しています。数が増えてくると、健康経営優良法人を取得すること自体を目的として健康経営を開始する法人も増えてきます。

本連載は、「健康経営優良法人への道」ですが、本来のタイトルは“本気”の「健康経営優良法人への道」としたいところです。それは、“本気”がなければ、せっかく健康経営を行っても、あまり得るものがないからです。

【中小企業の経営者インタビューから分かったこと】

昨年から、本気の健康経営を展開している中小企業へのインタビューを行ってきました。現在は、新型コロナウイルス騒ぎで中断していますが、多くの学びがあるため、落ち着いたら再開するつもりです。そのような会社の経営者は、「健康経営に取組んで本当に良かった」との実感を持っています。

もともと健康経営は、従業員の健康増進によって、体調不良による能率低下が減ったり、疾病休業が減ったりして、会社の生産性が向上するということが効果として見なされてきました。また、健康増進の効果がでるまでには、それなりの期間の取組みが必要だと考えてきました。ただ、インタビューをした中小企業の経営上の成果は、従業員が健康になること以上に、職場が健全になることが大きそうで、その成果は比較的早く出てくることが分かってきました。

「健康経営に取組んで本当に良かった」と経営者が考えている職場を訪問すると、私たち来訪者に対して親切で、とても好感を覚えます。従業員の皆さんは、自分の会社に誇りをもって働いている印象を受けます。健康経営に“本気”で取り組んでいる経営者は、従業員間の相互信頼やコミュニケーションが向上し、「この会社で働いていてよかった」、「知人にもこの会社を紹介したい」といった気持ちで働く従業員が増えるといった効果を実感しているようです。それが来訪者への対応にも表れているようですし、仕事面でも自発的な取組が増えているようです。

【健康経営が成果を生み出す流れ】

なぜ、健康経営という取組みがそのような成果を生むのでしょうか。このことは、まだ研究課題の段階であるため正確なことが言えませんが、現在の仮説は次のとおりです。

まず、従業員の間で健康をテーマとして話題が増えることは、極めて個人的なことを話す機会が増えることであり、お互いの親密感が高まります。そして健康経営の取組みは、経営者が自分たちの健康や幸福を願ってくれているという認識のもとに、経営者への信頼も高まります。もちろん、自分のことを話することに抵抗がある従業員もいるでしょうが、従業員の相互の思い遣りが大きくなれば、そのことに対する抵抗も薄れていき、みんなで健康になりたい、いい仕事をしたい、顧客や社会にも貢献したいという意欲が溢れてきます。

【最も重要な経営者の意識】

ここまで読まれても半信半疑かもしれません。このような状況が生み出される最大の前提は、経営者が自分の従業員がイキイキと働くことが、会社の成長の源泉であるという信念を持っていることであり、皆さん自身の考え方次第なのです。

仮に皆さんが労働者であったら、経営者に対する信頼感も従業員の間の親密感もなく、ほとんどの従業員がお金のために働いている会社と、その両方が高く顧客のために貢献したいと考えている会社のどちらで働きたいですか。

前者のような会社では、人手不足の業界でも、従業員が友人に自分の会社で働いてみないかと勧めます。噂が広がれば、この会社で働いてみたいと考える求職者が増加します。その結果、求人広告を出さなくても、人が集まってきます。もちろん、そのような流れに付いていけない従業員が反発して、退職することもあるかもしれません。それでも、多くの従業員はその会社で働き続けたいと考えているはずですし、次に採用される従業員も、経営者や従業員の間に健康経営を前提とした相互信頼の文化があることを理解して入社したため、会社に根付いてくれるはずです。

【心理社会的要因と健康および生産性との関係】

このような健康経営の効果は、健康とは関係ないように感じられるかもしれません。しかし、現在は身体的な健康以上に、精神的な健康が重要な時代になっています。精神的な健康には、努力と報酬の均衡、仕事に対する意欲を持った向き合い方と関連したワーク・エンゲージメント、職場内の相互支援と関連したワーク・ソーシャル・キャピタル(仕事の社会資源)といった、心理社会的要因と一般的に呼ばれる要素が大きく関連することが分かっています。

また、これらの要素が高まると、体調不良による能率低下が減ったり、疾病休業が減ったりすることによって生産性が向上することも分かってきています。健康とは、ただ単に病気がない状態ではなく、イキイキとしている状態であると定義すれば、このような関係は当然のことと理解いただけるのではないでしょうか。

【最後に】

健康経営には、多少の先行投資が必要ですが、このような状況さえ生まれれば、「健康経営に必要なコストは、経営全体の中で吸収されている」と感じられるようになるはずです。これは、ある中小の運送会社の社長さんから聞いた言葉です。経営者である皆さん自身が持つ、従業員に対する気持ち、会社が存続発展するための必要要素の考え方を再チェックしてみてください。それが、“本気”の「健康経営優良法人への道」の第1歩です。

第1話 チェックポイント

経営者である皆さん自身が持つ、従業員に対する気
持ち、会社が存続発展するための必要要素の考え方を再チェックする