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第4回 基盤として行うこと、味方を増やすこと、そしてーーー

【本文】

第4回 基盤として行うこと、味方を増やすこと、そしてーーー

【執筆:森 晃爾(もり こうじ)先生】産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学研究室 教授

基盤として行うこと

(1) ヘルスリテラシーの向上

健康経営宣言を出す際、自社の従業員の課題から一つ、また健康診断の受診とその結果に基づく受診の徹底から取組みを開始することを、前回お示ししました。今後は、プログラムを順次追加していくことになるのですが、その前にもう一つ、基盤として行っておきたいことがあります。それは管理職への説明および従業員への研修です。

健康経営において、管理職の立場にある従業員が、健康経営を行うことは経営の一環であり、その中で自分が役割を果たす必要があることを認識できるようにすることは、成果を上げる上で、とても重要です。経営者が旗を振ることは不可欠ですが、組織が大きくなればなるほど、中間管理職の行動は、従業員全体の行動に大きく影響します。難しいことを説明するより、経営者である皆さんの想いを直接伝えるようにしてください。

従業員への研修については、ヘルスリテラシーの向上を目指します。ヘルスリテラシーとは、「健康面での適切な意思決定に必要な、基本的健康情報やサービスを調べ、得、理解し、効果的に利用する個人的能力の程度」を意味し、一人ひとりが自分の健康を自分で守るためにとても重要な能力です。自分の健康をどのように管理するかといった基本的方法と、まずは始めたプログラムに関連するテーマの研修を行ってはいかがでしょうか。

もちろん、社内にこのような研修ができる人材はいないかもしれません。その場合には、協会けんぽに相談してみてはどうでしょうか。国の予算で設置されている都道府県産業保健総合支援センターやその地域窓口も相談に乗ってくれると思います。

(2) 関連法令の順守

健康経営優良法人の認定要件を確認していただければわかると思いますが、法令順守とリスクマネジメントを行っていることを誓約することは必須になっています。また、あとで法令違反や重大な労災が発生すると、認定が取り消しになります。まずは、安全衛生に関する基本的な法律である労働基準法および労働安全衛生法を順守できているか確認してください。

もう一つ、健康経営で重要な法律が健康増進法です。法改正によって、令和2年4月より、喫煙専用室以外の屋内喫煙は禁止になりました。これも必須項目ですので、要件を満たしているか確認してください。経営者自身が喫煙者の場合には、健康経営宣言とともに禁煙宣言もして、長年の課題であった禁煙を実行してもいいですね。

味方を増やす

いくら経営者の想いが強い健康経営でも、周囲は経営者の思い付きのように感じているかもしれません。「健康診断を受けないのは自分のポリシーだ」と公言したり、「どうしても治療を受けたくない」と受診を拒否したり、「個人的なことに干渉されたくない」と抵抗する従業員が出てくるかもしれません。でも、これは経営方針ですし、従業員のため、会社のためでもあるので、何とか、説得したいところです。また、そのような従業員は少数派のはずです。

そのような時には、味方を少しずつ増やしていくことをお勧めします。ある中小企業の経営者は、そのような時にもっとも力になったのは、総務のパート従業員だったとお聞きしました。自分の配偶者や子供だけでなく、多くの人に健康を大切にする会社で働いてほしいという想いをお持ちだったそうで、精密検査の受診報告のない従業員を粘り強く対応してくれたため、徐々に浸透していったとのことです。

健康経営の責任者は経営者自身ですが、味方が見つかったら、その従業員を“健康づくり担当者”として任命してはいかがでしょうか。

そして、目標の設定

健康経営では、毎年、目標を決めて、その達成度を評価して、翌年の計画を改善することが基本となっています。これは、通常の事業でも同じことだと思いますので、皆さんにはそれほど抵抗がないことではないでしょうか。とはいっても、健康経営ということになると、「どのような目標を立てればいいかわらない」、「年間目標といってもすぐに結果がでるものではないのでは」といった声が聞こえてきそうです。

健康経営の指標は、“施策の取組状況に関する指標”、“従業員の意識変容・行動変容に関する指標”、“健康管理の最終的な目標指標”に分けられます。健康的な食事に焦点を当てたプログラムを行っている場合、“施策の取組状況に関する指標”としては“ヘルシーメニュー利用者数”、“従業員の意識変容・行動変容に関する指標”としては“野菜を十分に取っている割合”や“朝食を食べている割合”、“健康管理の最終的な目標指標”は“高血圧や糖尿病の有所見者の割合”といったところが相当します。初年度としては、まず、実施しているプログラムを従業員の皆さんがどの程度利用しているか、参加しているかといった“施策の取組状況に関する指標”から始めてはいかがでしょうか。

目標の設定でとても大切なことは、数値目標とすることです。ヘルシーメニューの提供を始めたとすれば、30人の職場での利用数を“1日平均10人以上”などといった目標を決めることです。これによって取組の成否が明確になりますし、評価・改善がスムーズに行うことができるようになります。評価・改善の方法については、次回に説明していきたいと思います。

最後に

健康経営宣言とともに、基盤づくりがスタートしました。焦らずに、この状況でまずは1年間やってみてください。その過程では、いろいろな抵抗や課題が出てくると思います。なかなか想いが伝わらないという経験もされるでしょう。そのような時には、大切な従業員の健康保持と10年後の会社の存続・発展という大きな目的を思い出して、地道な取り組みを行ってください。

とはいっても、ここまでの内容を実施できれば、健康経営優良法人の認定のための必須項目の6項目の全項目、6項目満たすことが必要な選択項目のうちは5項目に〇が付く状態です。本当に、あと一歩ですが、敢えてここで寸止めをお勧めします。もう1項目追加して認定基準を満たしても、従業員の実感はまったくなく、定着していない状況ですので。


 
第4話 チェックポイント

健康経営をスタートしたら、やたらにプログラムを増やす前に、従業員の意識向上や担当者の任命となる基盤づくりから始める。併せて、継続的改善を図るための基本となる目標設定を行う。