本日は私が5年前に四国の郊外型書店の経営再建に入ったお話をいたします。5年前に「健康経営」という概念があったかどうかは分かりません。当然、「健康経営」をしているという意識も全くありませんでした。ただ、目の前の従業員たちを愛して、一生懸命に企業を再建していこうとすること自体が「健康経営」そのものだったというお話です。
その会社は絶望的な状況でした。いわゆるブラック企業そのもので、職場の環境は劣悪。労働基準局の立ち入りは二度や三度に止まらず、そうした企業ですから四国中の銀行は絶対にお金を貸さない。従業員たちからは「どうせクビを切りに来たのだろう」と思われていたに違いなく、完全なるアウェイ状態でした。そうした中、私はたった一つのことだけに全力で取り組みました。それは、目の前の従業員たちを絶対に幸せにしようということでした。一人もクビにはしない、それが私のミッションでした。
世界の人口が爆発的に増加している中で、日本だけは人口が減り続けています。人口が減るということは、一つには働き手がいなくなる。もう一つは買う人がいなくなるということです。経営が傾いた会社の社長になった私にとって、銀行の融資がなく、人手もお客様もいなくなるという最悪の状況の中で残された道、それは従業員のやる気を最大限に引き上げるということでした。
企業のパフォーマンスは、従業員の能力とやる気の掛け算で決まりますが、個人の能力というものは、せいぜい2割しか上がりません。しかし、やる気なら5倍も10倍も上がるものなのです。このやる気をマネジメントすることこそが、経営者の責任だと私は思います。
さて、ここまでお話しした上で、ピーター・ドラッカーの言葉を借りて皆さんに質問します。従業員はコストでしょうか? それとも財産でしょうか? このことが、今まさに問われているのです。
講演の第1部、森先生のお話にもありましたように、人資源こそが企業経営の根幹なのです。私が経営再建に入った会社においても、一人ひとりの従業員がモチベーションを上げて、やるぞ! という気持ちになったことで、経営状態は劇的に向上していきました。他にも、たった1年で売り上げが3倍になったレストランがあります。卵焼きしか作れない私ですが、きちんと従業員に向き合い、その人たちのパフォーマンスを最大限に引き上げることができれば、怖いくらいに成果が上がっていくのです。どうしてそれほどの成果が出たのかといえば、やはり従業員は皆、会社と良い関係を結びたいと思っているからなのです。逆の言い方をすれば、会社との関係が良くなければ、従業員はパフォーマンスを発揮できないということです。社長が従業員を愛さなければ、彼らに愛社精神など芽生えません。明るく挨拶をする従業員が欲しければ、まず経営者から挨拶をしなさい、ということです。
中小企業の従業員たちが辞める理由は給料の安さではなく、彼らは自分が大切にされていない疎外感から辞めていくのです。このことはメンタルヘルス・ケアにも通ずることです。マネージメントが従業員のモチベーションを上げ、イノベーションを起こす従業員を財産にしていく、これこそが「健康経営」の本質ではないでしょうか。
人のマネージメントで大切なことは、Whyの使い方です。Whyには三つの使い方があり、一つは自問自答です。この会社をどうしていこうか、どんな商品を売ろうかという、自分に対する問いかけです。あとの二つは事柄に対するWhyです。例えば、橋はなぜ落ちたのだろう?といった問いかけです。安心して橋を渡るためには徹底的に原因を追求しなければなりませんし、細かく追求しても不都合は起こりません。ところが、それを人に向けたらどうなるでしょうか。
「なぜ遅刻したんだ」「寝坊しまして」。「なぜ寝坊したんだ」「飲み過ぎまして」。「なぜ飲みすぎたんだ」「上司に怒られまして」。「なぜ怒られたんだ」「ミスしまして」。「なぜミスしたんだ」「能力がなくて」と、どこまでも問い詰めることになってしまいます。これでは意味がないのです。相手の頭の中は言い訳で一杯になり、悪しき感情しか生まれません。大切なことは言い訳を考えさせることではなく、未来志向への意識へと変化させることです。そこで求められるのはwhyではなく、and/howです。改善策を本人に考えさせることです。そこから行動の変容が起こるのです。
最初のステップは、深いコミュニケーションで従業員の自己受容感を満たすことから始まります。次にそこから、高いモチベーションを生む風土を作り、それが斬新なイノベーションを生み出す3ステップ目に繋がります。
人材こそが財産です。そして、そのキーワードは間違いなく「健康経営」です。もちろん、従業員だけでなく、経営者自身も満たされなくてはいけません。自分を満たす方法はいろいろあります。好きなゴルフをしたりお酒を飲んだり、人それぞれに満たされるツボがあると思いますが、やはり一番は仕事で満たされることだと思います。仕事で満たされて社会貢献をして投資することが、あなたの企業を活性化して元気にすることだと思います。