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こころの“あんしん”イベント Vol.4 シンポジウム報告

第3部 パネルディスカッション 「健康経営を事業成果といかに結びつけるか」 [コーディネーター] 柴田 喜幸 氏 / [パネリスト] 森 晃爾 氏 ・ 森本 英樹 氏 ・ 小島 俊一 氏 ・ 洞澤 研 氏

柴田 医療に従事する者は、病気や怪我をした人、働きにくさを持っている人達が、最大限幸福になるよう尽力する、という基本的なスタンスを持っています。一方、企業の文脈においては、人よりもお金が大事だということが少なからずあります。私たちの研究チームは、その両方が大事だという世界観の中で研究を進めています。本日のシンポジウムも、そのことを念頭に置きながら、皆さまから予め寄せられた質問を基に話を進めてまいります。

「健康経営」に消極的な経営者への対応をどうするか

柴田 最初の質問は、「経営者や役員の半数以上が喫煙者で、受動喫煙対策など「健康経営」に消極的です。どうしたらいいでしょうか」ということですが、森先生いかがでしょうか。

森 これに答えはありません。私の経験から言っても社長がハラスメント体質の場合は、職場全体のハラスメント体質を改善するということは、何か大きな問題が起こらない限り無理だと思います。また、社長がヘビースモーカーの場合、職場内を全面禁煙にしようというのは極めて難しい話だと思います。職場内での受動喫煙をなくしたいのであれば、禁煙ではなく分煙のための施策を考えたほうがいいと思います。

画像森本 法律や条例を上手に利用することで道が開く場合もあります。例えば健康増進法が2020年の4月から全面施行されますので、会社としても何らかの準備が必要です。それを踏まえて2019年のうちに予算の確保をして対策を始めておきましょう、という形で施策を推し進めることができるかもしれません。あるいは別途の法規制として、受動喫煙防止対策の内容を求人票に明記することが義務づけられる見込みです。これらをふまえて「(求人にも影響してきますが)我が社はどうしますか?」という形の提案をすることもできます。
それでも施策が前に進まない場合、今はまだその時期ではないのだと力を抜いて、他の部分に注力することが賢明です。一つひとつ課題をクリアしながらポイントを稼ぐ。そうして経営者からの信頼を勝ち取ることです。まずは今できることをコツコツと行いながら種だけは蒔いておく。広い視野を持って必要だと思うことについて沢山の種を蒔いておく。そしてこの会社で何の芽が出るのかを見守る、ということだと思います。

小島 社長の理解がない会社全体に対して、私たちの影響力は行使できません。それでも、あなたのポジションにおいて何かできることはあるはずです。質問者がどういった役職の方かわかりませんが、大きな外的環境としては「健康経営」が視野に入っているというときに、社長のゴーサインが出るまで何もせずに待っているのですか? ということです。そのことに対して、あなた自身が本気ですか? ということが問われるのです。
まずは、あなたの部署でできることを始める。あなたの部署で何かしら良いことが起きていけば、必ず会社全体に伝わっていきます。ぜひチャレンジしてください。100点満点でなくとも、20点からでもいいではないですか。

洞澤 顧問社労士が「健康経営」を勧めても良い反応が返ってこない場合、やはり何かのきっかけがくるのを待つしかありません。私の経験から言うと、会社のトラブルが無事に終わった瞬間がひとつのきっかけになると思います。例えばパワハラや労働基準監督署の是正勧告など、大きなトラブルが起きたのだけれど、大変な苦労の末に一件落着した場合、苦しい経験をしたことで「健康経営」に取り組む機運が高まるのです。災いを上手に転じることも大事です。

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中小企業における社員の健康と利息の追求

柴田 前出の相談(経営者や役員の半数以上が喫煙者で、受動喫煙対策など「健康経営」に消極的)は、煙草を吸わない人の健康と吸うことで感じる幸せ、この二つの価値観が対峙しているのですね。これは「健康経営」に当てはめても同様で、社員を大事にすることと利益を上げることが、二律背反のように捉えられてしまうのです。それを揺るがすものは何でしょうか。

小島 従業員はコストか、財産か? という話と同じで、目の前にいる全ての従業員に対して、その人たちをどうしたいのか、ということです。経営者でも管理職でも、目の前には誰かがいるわけですから、その人を幸せにしたいのか否か、ということで受動喫煙の話も考えて欲しいと思います。「思いやり」と言ったら安っぽく聞こえますが、そのマインドが組織を強くすると思うのです。

柴田 ご来場者のお話も伺ってみたいと思います。会場から、ご意見のある方はいらっしゃいますか?

画像来場者 これまでの討論から感じたことですが、中小企業の「健康経営」やメンタルヘルスを考えたときに、経営者からはメリットが見えないし、デメリットも顕在化していない状態で経営判断せざるを得ないところに、非常に大きな問題があると思います。
大企業の場合は不健康な社員の影響が顕著に現れます。ある企業ではメンタルの問題で休んでいる社員が200人いて、年間に二十億円の損失があるといいます。これを半分に減らせば十億になる、というのが大企業の論理です。メンタルヘルスケアや「健康経営」でリスクを具現化することができるのです。しかし中小企業の場合は「健康経営」やメンタルヘルスケアにお金をかけても、いくらのリターンがあるのかがわからない。そうした状態で社長に決断を迫ることは、かなり難しいことだなと思いました。

復職した従業員の能力回復が十分でない場合の対応は?

柴田 次の質問は、休職していた社員が主治医の許可を得て復職したが、元のパフォーマンスを発揮していない場合、どのような対応をすべきか、というものです。

小島 企業経営の立場から言うとシンプルな話だと思います。従業員はプロスポーツ選手とは違いますから、就業時間中ずっとトップパフォーマンスを維持できる人は滅多にいません。
これからの日本社会は、多様性のある人を受け入れていかなければいけない。許容性を持っている企業だからこそ、いろいろな人がいて組織が強くなるのです。社員の多様性を認めて、皆がトップパフォーマンスを続けることはできないという認識が、優しい社会を築いていくのだと思います。

森本 この問題に関して私が常々思っていることは、復職するための能力回復の基準を、できる限り明確にしたいということです。
わかりやすい例として、主治医から復職許可のでた社員が、産業医である私に会いに来た時の話をします。Aさんは休職する前、毎朝6時半に起きて通勤していましたが、復職の面談時に「今朝は何時に起きましたか」と聞いたところ、「10時に起きました」と答えることがあります。正直なところその時点で私は復職不可であると判断します。その社員が「明日から6時半に起きる」と言われても、Aさんの上司や人事の方には説明がつかないからです。まずは6時半に起きられるようになって、できれば2週間くらいの実績を作った上で、自信を持って復職しましょう、とAさんには伝えます。
とはいえ、会社もあまりに要求が高すぎてはいけないとも思います。上司や人事担当者が「確実に能力回復していないとダメだ」と言うのであれば、その場合は担当する方々に「どこまで戻っていたら能力回復したことになるのですか?」と私は問います。そしてその旨を従業員とコミュニケーションをとっているのかを確認します。これは一例ですが、このような話を会社と従業員と産業医の三者で言語化していけば、復職時のトラブルはかなり減るのではないでしょうか。

森 私も産業医の立場としては森本先生と同様の意見です。つまりは会社と従業員の復職準備性が、どの程度マッチするかで判断するしかありません。会社が用意する復職後の仕事内容の選択肢が多ければ、ゴーサインも出しやすいという話です。一方で、こうした話が休職期間満了の間際に生じないよう、気配りする必要があります。ギリギリまで会社が放置したり、本人も相談してこないような場合は問題が大きくなりがちです。

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柴田 こうした時に、社会保険労務士が仲人のような役割になれるでしょうか? 洞澤先生いかがでしょう。

洞澤 社会保険労務士や産業カウンセラーが復職できるか否かの判断をするべきではないと考えております。主治医の復職許可があるのならば、何らかの形で復職を受け入れざるを得ないと私は思います。常にトップランナーである必要はない、という意見にも賛同します。フルタイムが無理であれば、まずは短時間勤務から始めてもいいのではないでしょうか。簡単な作業でもいいから、まずは会社に来て毎日仕事をする生活習慣をつける。それができないのなら、復職は難しいですよと。そんな形で進めることが多いです。

小島 メンタル不調とそれ以外では、対応を変えたほうがいいですね。復職は一般的には元の部署に戻しますが、メンタル不調に限っては元の部署に戻すことはお勧めできません。部署の環境が変わっていなければ再発症する可能性があるからです。ところがメンタル不調でない場合には、元の部署に戻してあげないと自尊心が傷つきます。そうした細かな配慮が企業側に求められると思います。

多くの社員がストレスチェックで正直に解答しない

柴田 メンタル不調と判断されないように、ストレスチェックで正直に回答しない社員が多いので、その対応方法を教えてください、という質問もきています。

森 何かをやろうとした時には、そもそも環境を整えないとダメだ、というのが今日の話の要点として挙げられると思います。メンタルヘルスの話も同様で、プライバシーに配慮するような環境をしっかりと作る。その上で、ストレスチェックは職場環境の改善という目的だけに活用し、会社が個人を追うことはしないという考え方もあると思います。

森本 一番に大切なことは正直に書いてもらえるような環境整備ですが、正直には書けない人に対してもサポートできる仕組みは必要だと感じています。体調が悪い場合に会社に知られずに精神科クリニックへ行くのでも構わないと思います。多くの選択肢があって、それぞれがポイントを押さえつつ、最終的にひととおりカバーできていたらいい、という視点が必要です。

森 基本的には、産業医や産業保健師が全員面談をすればいいと思います。年に一度、しっかりと面談がされていれば、いろいろなことに対応できるでしょう。さらに言えば、上司と部下が面談をして、正しいコーチングができていたら、ストレスチェックは要らないかもしれないと思うのですが、小島さんはどう思われますか?

画像小島 コーチングスキルを磨くというのはとても難しいことなので、経営者は、特に中小企業の経営者ならば、全員を見る。それが企業を強くしていくことに繋がります。できるだけコミュニケーションをとってレスポンスをしてあげるのです。
私が経営再建を果たした以前の会社では、年に2回、「人事調査票」をパートさんを含む全従業員に配布し、仕事からパーソナルに至るまで会社に知っておいて欲しいことを書いてもらいます。その内容は直属の上司ではなく、上司の上司に伝えます。私の会社は本屋なので、社員は直属の店長ではなく地域の店舗を束ねるブロック長に出すのです。店長はブロック長に出さずに経営者に出します。経営者は全員のものを見ます。こうしたことによって、働く人たちのストレスが変わってくるのです。

本日のシンポジウムを振り返って

柴田 さて、本日の講演会も閉会の時間となりました。講師の皆さんから一言ずつコメントをいただきたいと思います。

森 「健康経営」は良いプラットフォームですが、働き方も含めて法令をきちっと理解しておかないと、良かれと思っても決して良いことばかりでなくなってしまう。そうした中小企業の「健康経営」の問題点についても話ができたことが良かったと思います。

森本 良い産業医の探し方、という質問もありましたので最後にお話をすると、産業医資格取得者9万人のうち、産業医を本業としている人は1,000人程度しかおりません。現場の第一線の産業保健は、開業をしているクリニックの先生か病院勤務をしている先生方がその役割を担っています。それらの先生方とのコミュニケーションを円滑にしながら産業保健を進めていくことが必要です。人事担当者や社会保険労務士はコミュニケーションをとるべくかなりの部分を担うことになりますが、それは可能だと私は思っています。

小島 経営トップが全ての課題を解決できる時代はとっくに終わっています。管理者はビジネスコーチングの知識というかマインドを持たなければ、これからはマネジメントできないと思います。士業の皆さんも、ビジネスコーチングを取り入れたマインドで顧問先に接することを強くお勧めします。必ず成果が出ます。

洞澤 「健康経営」は、やらなければいけない経営課題だと言えるようになってきました。働き方改革の関連法がスタートする4月のタイミングで、働き方改革と共に取り組んでいただきたいと思います。

柴田 限られた時間ですが、少しでもお役に立つ時間になったとすれば幸いです。本日はありがとうございました。