職場のメンタルヘルス対策の現場に関わって約10年になります。私自身は、医師でもなく、保健師・看護師でも社会保険労務士でもないので、「専門家」と言うのは少しおこがましく感じております。ジャーナリストとして、この10年間にわたり全国の現場をまわり、数多くの成功事例や失敗事例などを見て・聴いて・学んできたことを通じて、私の中で体系化した職場のメンタルヘルス対策のエッセンスについて、本日は少しばかりご紹介したいと思います。
厚生労働省の「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は、平成4年の22.7%から平成25年には60.7%へと増加しましたが、ここ数年は頭打ち状態が続き、本年9月公表の平成28年度の数字では56.6%。平成25年度の「第12次労働災害防止計画」で設定した「平成29年に80%以上とする」という目標に遠く及ばない状況です。
事業所の規模別に見ていくと従業員100人以上の事業所では96%を超えているのに、100人未満、なかでも50人未満の事業所のメンタルヘルス対策が進んでいないことが、国全体としての取り組み結果に大きな影響を与えているといえます(平成28年調査結果)。
メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合
厚生労働省 平成28年「労働安全衛生調査(実態調査)」(2017年9月公表)
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では、中小企業でメンタルヘルス対策がなぜ進まないのでしょうか?
取り組んでいない事業所にその理由をたずねたところ、「該当する労働者がいない」39.0%という回答が約4割と最も多く、ついで「取り組み方がわからない」25.3%、「必要性を感じない」21.8%でした。そして、取り組んでいない事業所の7割近くが、「今後、メンタルヘルス対策に取り組む予定がない」と回答しています(平成25年調査結果)。つまり、「うちにはメンタルヘルス不調者はいないから、対策の必要性を感じていないし、これからも取り組むつもりがない」というわけです。
興味深いデータがあります。独立行政法人 労働政策研究・研修機構が2011年6月に公表した「職場におけるメンタルヘルスケア対策に関する調査結果」です。メンタルヘルス不調者が現れる原因をたずねたところ、なんと67.7%もの経営者が「本人の性格の問題」と回答、「職場の人間関係」(58.4%)を押さえてトップでした。企業側の本音では、メンタルヘルス不調は「会社の問題」ではなく、「本人の性格の問題」だとする考え方が根強いことを表しています。
【出典】「職場におけるメンタルヘルスケア対策に関する調査結果」 独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2011年6月公表)
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しかしながら、職場のメンタルヘルス対策をおざなりにするということには、大きなリスクがあります。
昨年来、大きなニュースとなっている大手広告会社の女性新入社員の過労自殺事例はみなさんもよくご存じでしょう。社員の違法残業を防ぐ措置を怠ったとして、企業が労働基準法違反の罪に問われたもので、通例であれば非公開の書面審理だけで結論を出すところを裁判所が「不相当」と判断。正式に裁判が開かれ、公判では社長が出廷して謝罪し、この10月6日に罰金50万円の有罪判決が言い渡されました。
このように、仕事が原因で従業員が過労死やうつ病になったと労災認定された場合、企業は労働基準法上の災害補償責任を負います。今回の罰金額を見て、「バレたら罰金を払えばいい」といった甘い認識ではいけません。その後、民事訴訟を起こされ、企業側に不法行為責任や安全配慮義務違反があったとなると、さらに多額の損害賠償金を支払うことになります。ここで注意したいのは、最近の判例を見ると、法律上では「努力義務」の項目であったとしても、民事訴訟においては、それらの項目を実行し適切な安全配慮を行っていたかどうかが問われているということです。
さらに、社名が公表されることで、マスコミやインターネット上で「ブラック企業」として、叩かれることになります。そのうえ、裁判記録によって企業側の内情が世間一般に公開されることで、「あんな企業には入りたくない」と、人材採用などにも悪影響が出るでしょう。実際、厚生労働省が定期的に行っている「労働基準関係法令違反に係る公表事案」で社名が公表された後、株価が下落したり、公共事業の指名停止処分を受けたりするなど、さまざまな経営リスクにさらされた企業もあります。大企業以上に中小企業にとってそのダメージは大きいといえます。
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