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産業医が伝えるメンタルヘルス対策の現実と理想

メンタルヘルス不調者の発生は、労働者の長期欠勤をカバーすることが難しい
中小企業に大きな影響を及ぼします。
「対策の重要性をわかっていても、何をどう取り組んでいいのかわからない」、
そのような現実に産業医から理想的な対策や対応などの基本的事項や取り組みのポイントを学ぶ、
産業医が伝える『メンタルヘルス対策の現実と理想』の9回目をお届けします。
生産性の高い、活き活きとした職場づくりの参考にしていただきたいと思います。

[第9回] 睡眠とメンタルヘルス

執筆:小田上 公法(おだがみ きみのり)先生
HOYA株式会社HOYAグループ産業医

 日頃、産業医面談を実施していると「私は5時間睡眠で十分です」「午前2時までネット動画を見ていました」「家事との両立で4時間半しか寝ていません」といったお話を聞くことがあります。睡眠の問題は、すぐには大きな問題に発展しにくいため軽視される傾向にあります。しかし、睡眠は「心の安定」「記憶力の向上」「免疫力の回復」「ダメージを受けた組織の修復」など、心身の健康を保つために重要な役割を果たしています。睡眠の問題を軽視し対応を怠ると、心身の健康を悪化させるだけでなく、職場の労働生産性の低下や安全性の問題を引き起こす可能性があります。これは個人の問題にとどまらず職場全体としても大きなリスクを抱えることとなります。そこで、最終回である今回は、不眠や睡眠不足の悪影響と職場で行う対処法についてお話したいと思います。

1.不眠や睡眠不足の悪影響

・睡眠とメンタルヘルス不調の関係

 第4回コラム(長時間労働の悪影響)で、長時間労働による睡眠不足がメンタルヘルスに与える悪影響について触れられています。実際に、睡眠時間とうつ状態の関係をみてみると、睡眠時間が7〜8時間の人が一番抑うつ度が低く、睡眠時間が短いほどうつ病を発症するリスクが高くなります。また、不眠症状とうつ病の関係として、うつ病の発症前には不眠症状を認めることが報告されています(初回発症の場合は41%、再発の場合は56.2%)※1。これは言い換えると、不眠症状の有無をチェックして適切に介入することで、うつ病の早期発見・早期対応につながる可能性があるということです。

・睡眠不足と労働生産性・安全性の関係

 睡眠の問題は、労働生産性とも密接に関係しています。睡眠不足の蓄積、例えば4時間睡眠を6日間、6時間睡眠を7日間連続すると、1晩の徹夜状態と同じ程度にまで注意力や集中力が低下すると言われています※2。一方で、このような睡眠不足の蓄積による注意力や作業効率の低下は、本人の主観として自覚することが難しいため※2 ※3、自覚症状と実際のパフォーマンスの間にギャップが生じている可能性があります。つまり、繁忙を理由に睡眠時間を削って働くことで、かえって作業効率が低下し、結果として残業時間が更に増えていくという悪循環に陥る可能性があるのです。更に、睡眠不足になると他者の感情(特に嫌悪感を示す顔)を読み取る能力が低下することもわかっています※4。睡眠不足の状況では、対人サービス業で求められる気遣いの能力が十分に発揮できず、サービスの質を落としてしまう可能性があるのです。

 また、睡眠の問題は、労働生産性だけでなく職場の安全性とも関係しています。交通事故に関するある調査では、夜間睡眠が6時間未満である場合に、追突事故や自損事故の危険性が高まることが示されています※5。自動車やフォークリフト等の運転業務がある職場では、睡眠不足が職場の安全性を脅かす大きなリスクとなります。

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2.職場で行う対処法

 職場での対処法としては、無意識のうちに健康を害したり生産性を落としたりすることがないよう、まず従業員一人一人が正確な知識を持ち、適切な睡眠をとるように意識する必要があります。そして職場は、従業員が適切な睡眠時間を確保できるよう、就業環境を整えていく必要があります。

良質な睡眠のとり方

 まずは、適切な睡眠時間が確保出来ているかを確認することから始めましょう。平均的に必要な睡眠時間は、20代で7時間、40代で6.5時間、60代で6時間程度です。時々「私は5時間睡眠で十分です」という方がいます。確かに、5時間睡眠で健康を維持できる方もいますが、それはごく限られた一部の人のみです。もしも、“土日に平日より2時間以上長く寝ている”、“日中の眠気が強い”、のいずれか1つでも該当する場合は、睡眠不足を疑った方が良いでしょう。繁忙期などで一時的に十分な睡眠時間が確保できない場合は、週の中頃(出来れば水曜日)に、1日でも十分な睡眠時間を確保することで、週の後半の疲労感を軽減し、パフォーマンスの低下を最小限に抑えることができます。

 次に、朝起きる時間は可能な限り一定にしましょう。朝、目から光が入ると体内時計がリセットされ、そこから15〜16時間後に眠気が来ます。休日だからといって昼頃まで寝てしまうと、土日の睡眠リズムが乱れ、日曜日の就寝時刻が遅くなり、寝不足のまま月曜日迎えることになりかねません。平日の睡眠不足を補う場合であっても、休日は平日の起床時刻+2時間以内に起床するようにしましょう。また、昼寝をする場合は、夜の睡眠の妨げにならないように、午後3時までに30分以内で留めましょう。

 夕方に、軽く汗ばむ程度の運動をすることも、睡眠に良い影響を与えます。これは、39〜40℃の温めのお風呂にゆっくり浸かることでも、同じような効果が期待できます。ただし、寝る直前の激しい運動や入浴は、逆に目を覚ましてしまうため、避けたほうが良いでしょう。覚醒作用のある刺激物にも注意が必要です。コーヒーや紅茶に含まれるカフェインの覚醒作用は4〜8時間続くため、夜遅くまで起きておくべき特別な理由がない限り、夕方以降のカフェイン摂取は避けたほうが良いです。コーヒーを飲んでも眠れるから問題ないという方も、無用な睡眠の質の低下を避けるために、やはり同様の対応が望ましいです。最近では、街中のコーヒーショップでカフェインレスのコーヒーを取り扱うお店が増えてきました。朝はカフェイン入り、夕方はカフェインレスにするなど、カフェインの覚醒作用をうまく利用できると良いと思います。

 最後は、寝酒についてです。眠れないからといって睡眠薬代わりにアルコールを飲むことは、絶対に避けてください。アルコールは睡眠の質を下げるだけでなく、寝酒を長期間続けることで依存を形成する恐れがあります。気がつくと一晩で飲むアルコールの量が増え、寝酒がやめられなくなっていたという話は決して少なくありません。寝酒をしないと眠れない状況が続く場合は、早めに睡眠の専門家(日本睡眠学会ホームページ(http://www.jssr.jp/)にある「睡眠医療認定一覧-睡眠医療認定医リスト」を参照)に相談することをおすすめします。

 従業員が上記のような対応をとれるようにするためには、就業環境の調整が不可欠です。大切なことは、仕事から離れた状態で適切な睡眠がとれる時間を、職場として提供することです。そのためには、適切な時間外勤時間管理に加え、定時退社デー(水曜日が望ましい)の設定と徹底、勤務間インターバル(第7回コラムを参照)などの施策の導入が有効です。

・交替制勤務がある場合

 交替制勤務では、生体リズムに逆らった状態で睡眠をとらなければならないため、睡眠の質が低下し、勤務中に眠気が生じてしまいます。眠気の改善のためには、仮眠が有効です。夜勤前は14時~16時頃に仮眠をとっておくと、夜勤中に生じる眠気や疲労感を抑えることが出来ます。夜勤中の休憩時間などに1~2時間程度の仮眠が取れればより効果的です。夜勤時にコーヒーなどのカフェイン飲料の摂取することも、作業エラーの防止対策になります。

3.まとめ

 職場の人事担当者や管理監督者から、「メンタルヘルス対策として職場環境改善活動をしたいと考えているが、何から始めたら良いか分からない」という声をよく聞きます。職場の睡眠対策は、従業員の健康管理や生産性に直結するだけでなく、時間外勤務時間管理や年次有給休暇の適正取得、交替制勤務者の休憩時間管理など、労務管理と密接に関係しています。そのため、他のメンタルヘルス対策と比較して、職場の具体的な対策に落とし込みやすいという特徴があります。これから職場環境改善活動への取り組むことを考えている場合は、まずは従業員の睡眠状況を確認することから始めてみてはいかがでしょうか。

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参考文献

  • ※1Ohayon MM: Insomnia: a ticking clock for depression? Journal of Psychiatric Research. 41 : 893-894, 2007
  • ※2Van Dongen HP. Maislin G, Mullington JM, et al : The cumulative cost of additional wakefulness : dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation.
    Sleep 26 : 117-126, 2003
  • ※3Lo JC, Groeger JA, Santhi N, et al.: Effects of partial and acute total sleep deprivation on performance across cognitive domains, individuals and circadian phase. PLoS One: 7: e45987, 2012
  • ※4van der Helm E, Gujar N, Walker MP: Sleep deprivation impairs the accurate recognition of human emotions.
    Sleep 33: 335-342, 2010
  • ※5Abe T, Komada Y, Nishida Y. et al.: Short sleep duration and long spells of driving are associated with the occurrence of Japanese drivers’ rear-end collisions and single-car accidents. Journal of Sleep Research 19.: 310-316, 2010
  • ※6厚生労働省健康局, 健康づくりのための睡眠指針2014, 2014
  • 第1回
  • 第2回
  • 第3回
  • 第4回
  • 第5回
  • 第6回
  • 第7回
  • 第8回
  • 第9回

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