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産業医が伝えるメンタルヘルス対策の現実と理想

メンタルヘルス不調者の発生は、労働者の長期欠勤をカバーすることが難しい
中小企業に大きな影響を及ぼします。
「対策の重要性をわかっていても、何をどう取り組んでいいのかわからない」、
そのような現実に産業医から理想的な対策や対応などの基本的事項や取り組みのポイントを学ぶ、
産業医が伝える『メンタルヘルス対策の現実と理想』の6回目をお届けします。
生産性の高い、活き活きとした職場づくりの参考にしていただきたいと思います。
毎月20日(予定)に計9回のシリーズで掲載します。

[第6回] 自己効力感とメンタルヘルス

執筆:平良 素生(たいら すお)先生
産業医/日本産業衛生学会専門医/労働衛生コンサルタント

 人の感情と行動には繋がりがあります。第5回のまとめにあるような「意識的・無意識的に感情に責任をもち、思考をコントロールしている人」の一例に、何か課題に取り組む際に「自分はやればできる!」という思考力を持っている人があげられます。今回のテーマでは、このポジティブな思考法について触れたいと思います。

1.自己効力感とは

 「自分はやればできる!」という思考は「自己効力感」と呼ばれ、心理学者 Bandura が提唱した概念です。これは、ある特定の課題に対して、結果を出すための行動をうまく遂行できるという確信の度合いを指します。達成できるといった自信があると、人は自分の掲げた目標に向かって前向きに取り組みます。自分の可能性が認識できていればいるだけ、実際にその行動を遂行できる傾向にあるとも言われます。人が行動し結果を得るといった一連の流れにおいて2つの期待が関係しており(図1)、この行動に関わるのが自己効力感です。

図  自己効力感における効力予期と結果予期(Bandura, 1977)

 自己効力感の概念は、これまでスポーツや教育・人材育成の分野などで取り扱われることが多いものでしたが、近年ではメンタルヘルスの分野でもその効果が注目されています。例えば、ワーク・エンゲイジメント(活力、熱中、没頭といった仕事に関連するポジティブで充実した心理状態)を高めるための個人要素の1つに自己効力感があげられています。またレジリエンス(困難や驚異的な場面に陥ってもそれを乗り越え適応する)の力を高める際にも、自己効力感は重要な要素として位置付けられています。更に一次予防的な側面に加え、休職者の職場復帰の際にこの自己効力感の要素を取り入れたプログラムが行われることで復帰に向けた行動が促進されるといったケースも見られます。

 自己効力感が高い人の特徴はどのようなものでしょうか。「課題に対してチャレンジする」「失敗した際に立ち直りが早い」「ストレスを感じる場面で、自分を信じて前向きに取り組む」といったことがあげられます。このような人は思考をコントロールしながら、前向きに自分を信じ進んでいくので、職場の活力や生産性向上にも良い影響を及ぼすことが期待されています。

画像1

2.取り組んでみよう〜4つの方法で自己効力感アップ〜

 自己効力感を高める方法としては、以下の4つがあげられます。

《自己効力感の認識に影響する要素》

  • 成功体験
    特定の活動を、実際に自分が達成できたという経験のこと
  • 代理体験:モデリング
    自分と似たような状況にある人の成功体験を観察することで、
    「あの人にできたのだから、自分でも大丈夫」といった擬似的な成功体験を得ること
  • 言語的説得:励まし
    自己暗示、他者からの励ましなどで自分の能力が評価されること
  • 生理的・情動的喚起
    自分の脈拍や呼吸などの変化や、気持ちの状態を認識すること

 自己効力感を高めるための、具体的な取り組み例を紹介します。自分自身で取り組みやすい項目から始めてみましょう。

① 成功体験

この1年の活動を振り返り、これはとても頑張った・うまくいったと感じる活動を選び、内容を思い出してみましょう。なぜうまくいったのかを分析してみるとさらに深まります。

② 代理体験

仕事をする上で、お手本となるような人を思い浮かべてみましょう。自分に近い人だとさらに良いです。その人のこんなトコロはぜひ見習いたいと思う言動があれば、具体的に書き出し、1つでよいので真似てみましょう。

③ 言語的説得

仕事上で大事な場面に遭遇した際に、「私ならできる」と言葉に出して言ってみましょう。信頼できる家族や友人からの励ましのメッセージなどで、言われた後もずっと心の支えになっているようなフレーズがあれば、書き出してみましょう。

④ 生理的・情動的喚起

リラックスできる曲、テンションを上げる曲、気持ちの切り替えになる曲などテーマをきめて、1つずつチョイスしてみましょう。

あなたも誰かの自己効力感の支援者になれる!

今回はご自身の自己効力感アップの方法を取り上げましたが、特に②代理体験 ③言語的説得については、意識して行動することで読者の皆さんが上司や同僚といった立場で、職場の誰かの自己効力感を高める支援者になる可能性が高いと思います。個人の取り組みが組織に広がっていくことは、快適な職場への第一歩に繋がります。

例・自分の成功体験が後輩のモデルになる
 ・感謝の気持ちなどを具体的に伝え、言葉で励ます(メモやメールでも OK)

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まとめ

 思考や感情は行動に影響を与えます。近年での研究では健康への影響としてポジティブな感情が心臓の冠動脈に発生する狭心症などの病気を予防する可能性が示唆されており注目されています。ちょっとした工夫が感情や思考のコントロールに繋がります。自分を信じると書いて「自信」、意識的に取り組んでみませんか?

参考文献
1) Bandura, A.編著:激動社会の中の自己効力.1997
2) Bandura, A.:Self-Efficacy:Toward a Unifying Theory of Behavioral Change.1977.
3) 江本リナ:自己効力感の概念分析,2000
4) 島津明人:ワーク・エンゲイジメント ポジティブ・メンタルヘルスで活力ある毎日を.労働調査会. 2012
5) 久世浩司:「レジリエンス」の鍛え方.実業之日本社.2014
6) リサ・F・バークマン他:社会疫学.大修館書店.2017

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