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産業医が伝えるメンタルヘルス対策の現実と理想

メンタルヘルス不調者の発生は、労働者の長期欠勤をカバーすることが難しい
中小企業に大きな影響を及ぼします。
「対策の重要性をわかっていても、何をどう取り組んでいいのかわからない」、
そのような現実に産業医から理想的な対策や対応などの基本的事項や取り組みのポイントを学ぶ、
産業医が伝える『メンタルヘルス対策の現実と理想』の8回目をお届けします。
生産性の高い、活き活きとした職場づくりの参考にしていただきたいと思います。
毎月20日(予定)に計9回のシリーズで掲載します。

[第8回] もう期待なんてしない ~対人関係による「無駄なストレス」への攻略法~

執筆:小橋 正樹(こばし まさき)先生
日本産業衛生学会専門医/社会医学系専門医
労働衛生コンサルタント(保健衛生)/メンタルヘルス法務主任者

 適度なストレスは業務のパフォーマンスを向上させ、快適でハリのある生活を可能にしてくれますが、そうは言っても「無駄なストレス」はなるべく無くしたいもの。

 特に対人関係による無駄なストレスは「正直、勘弁!」と思っている方も多いのではないでしょうか?

 そこで今回は、厚生労働省が定期的に実施している「仕事や職業生活に関することで強いストレスとなっている原因についての調査」において、例年BEST3圏内に殿堂入りしている「対人関係によるストレス」について取り上げていきたいと思います。

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 対人関係がストレスとなる原因は、主にコミュニケーションによるものです。

 大前提として「合う・合わない」などの相性はどうしても存在するため、対人関係によるストレスを完全に排除することは困難ですが、他者とのコミュニケーションスキルを上げることができれば、対人関係による「無駄なストレス」を減らすことができるかもしれません。

 コミュニケーションスキルを上げるコツは様々ですが、今回はその1つとして「期待」というワードにスポットを当てていきましょう。

「あの人と話をしていても全く話が噛み合わない」/「あの人は自分が頼んだことを全然やってくれていなかった」/「あの人の指示通りに業務をやり遂げたのに散々ダメ出しされた」

 そんな悩みを一度は持ったことのある方、皆様の中にも多いのではないでしょうか?

 このような悩みは、もしかすると無意識に他者へ期待しすぎていることから生じているものかもしれません。
 心のどこかで、「言わなくても通じるだろう」「行間を読んでくれるだろう」などと知らず知らずの間に相手に期待をしていることはないですか?

 例えば、新しく入社した外国人労働者の部下とともに得意先を接待した際、得意先に対して全くお酌をしようとしない部下を見て、皆様はどう対応するでしょうか?
 お酌文化の良し悪しは置いといて、「母国ではお酌の文化がないのかなぁ」と思い、部下へお酌文化の説明やお酌の方法などについて丁寧にコーチングする、という行動をとる方が多いのではないでしょうか。

 では、もし同じことを日本人の部下がしたとすればどうでしょう?
 「なんて礼儀のなってない奴なんだ!」と思い、先程の外国人の部下に対してとは異なり辛辣な態度をとってしまう方も多いかもしれません。

 つまりここでは、前者は「期待値ゼロ」からコミュニケーションが始まっているのに対して、後者は「期待値マックス」からコミュニケーションが始まっています。

 ストレスは、「盲目的な期待が成就されなかった」ことからやってきます。
 そして私たちは、立場や境遇などが近いと思い込んでいる人に対して、より「盲目的な期待」をしがちです。

 しかし、どんなに立場や境遇が近いと思っていても、私たちは生まれ育ってきた時代やコミュニティー等によって「みんな違う」というのはれっきとした事実。

 大して歳の離れていない先輩・後輩とカラオケに行ったのに知らない曲ばかりだった、『秘密のケンミンSHOW』で自分が生まれ育った隣の都道府県についての特集をしていたのに知らない行事や習慣ばかりだった、そんな経験をしたことは誰しも少なからずあるのではないでしょうか?

「自分は相手のことなど何も理解していない。」/「相手も自分のことなど何も理解していない。」

 極論ではありますが、そういった「期待値ゼロ」の認識を起点とすることで、丁寧なコミュニケーションが生まれてくる可能性が高くなります。

 とは言え、ビジネスをする上でいつまでたっても「期待値ゼロ」からコミュニケーションを始めていては時間がいくらあっても足りません。
 なので、実際の現場では「期待値をチューニングする」という作業が必要になってきます。

 そこで今回は、期待値をうまくチューニングしていく簡単なコツを、「点検」と「補正」という具体的なプロセスに落とし込んでご紹介していきます。
 自分が相手に仕事を依頼する場面、逆に相手が自分に仕事を依頼する場面などを想像しながら、下記読み進めていけばイメージが膨らむかもしれません。

点 検

 まずは「今、している or されている期待」について今一度掘り下げて見直してみます。

①自分が相手に期待している場合
自分は相手に何を期待しているか?
それは相手にとって現実的な期待なのか?
自分の期待は相手に伝わっているか?
②相手が自分に期待している場合
相手は自分に何を期待しているか?
相手が本当にそれを期待していると確認したか?
相手からの期待は自分にとって無理なく受け入れられるか?

補 正

 (点検)の結果、期待にズレが生じているようであれば、そのズレを補正していきます。

①「してほしいこと」をきちんと伝える
期待のズレの多くは、自分の期待が相手に伝わっていないことに原因があります。5W2H(いつ、どこで、誰が・誰に、何を、なぜ、どのように、どのくらい)などを明確にして、「伝える」のではなく「伝わる」ことに意識を持って伝えていきましょう。
②自分が期待していることをアサーティブに伝える
一方的な要望だけでなく、相手の気持ちに配慮しつつも自分の気持ちも一緒に伝えるように努めてみましょう。例えば、「資料を作成してほしい」と言うだけでなく、「明日の会議に必要なので、忙しいなか申し訳ないけど資料を作成してもらえると嬉しい」とアサーティブな表現にすることで、相手も気持ち良く仕事を受けてくれるかもしれません。
③現実的な期待に変える
自分の期待は、相手が応えることが可能なものか見極めることも必要です。
相手に伝えても相手が期待を果たしてくれないのであれば、期待が相手にとって現実的ではないのではと考え、相手に期待する内容を変えることを考えましょう。
④相手が何を期待しているかを知る
相手からの期待に対しては、相手の言動がどのような期待を反映したものか、その背景を知るように努めることが重要です。
⑤相手を無理に変えようとしない
「変えられないのは他人と過去、変えられるのは自分と未来」という言葉があるように、人はその人に合ったタイミングでしか変わることができません。相手が変わらなくてもできることを期待する方が現実的な場合もあります。
⑥「相手には相手の事情がある」と考える
相手の行動には、相手なりの事情があると考えることで、自分の期待とのズレが理解できることもあります。一方的に決めつけるのではなく、相手の事情も理解するように努めましょう。
⑦仕事上の相手は、あくまで仕事上の相手と割り切る
仕事上での対人関係の場合、「その仕事がうまくいく範囲で期待をチューニングすればよい」と考えてもよい場合も多くあります。相手を矯正する必要もないし、相手と良好な関係を築こうと過剰な努力をする必要もなく、自分の仕事に支障をきたさない程度にやっていくと割り切るのも一つの方法です。
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 期待値を上手にチューニングしながらコミュニケーションを進めていくことは、無駄なストレスを減らすだけでなく、業務のパフォーマンスUPにも繋がります。
 是非、明日からの業務に少しでも役立ちそうなものがあれば、使ってみてくださいね!

 最後に、まずは自分自身に心の余裕がないと、他者とのコミュニケーションもおざなりになり、結果として対人関係の悪化にもなり兼ねません。

 メンタルヘルス対策は、第一に自分が自分を大事にするセルフケアを行うことが大切です。

 「セルフケア?どうやってするの?」と思われた方は、2017年10月 ~ 2018年3月まで本WEBサイトで特集されていた「産業医が伝えるきょうから実践!セルフケア」のページを是非読み返してみてくださいね!

参考文献
厚生労働省 「こころの耳」 http://kokoro.mhlw.go.jp/
水島広子著 『「怒り」がスーッと消える本』 大和出版 2011

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