![[第5回] 怒りとメンタルヘルス](/Portals/0/resources/assets/reality_and_ideals/img/vol5_tit.png)
- 執筆:西本 真証(にしもと まさと)先生
- センクサス産業医事務所
近年、スポーツ界における暴行、一般社会においても職場パワーハラスメント、あおり運転等、「怒り」が発端となるニュースを耳にすることが増えています。これら背景には、様々な要因が推察されますが、一因として「怒り」のコントロールが出来ず、行き過ぎた言動へ繋がっているとも考えられます。
今回は、怒りとメンタルヘルスに焦点を当て、皆様と一緒に考えてみましょう。

個別労働紛争の相談件数の推移(表1)より明らかですが、「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数が急増しています。精神障害等の労災補償状況(表2)では、精神疾患等の労災認定の件数も年々増加傾向です。また、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23年12月26日付け基発1226 第1号)において、「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」という項目は、最も強い心理的負荷の強度である「強度Ⅲ」とされています。実際、平成29年度は、506人の労災認定者のうち88人が「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」といった出来事が理由とされています。

「怒り」は、人生を唯一壊すことのできる感情とも言われています。ただし、怒ることが全て悪である、不要であるということではなく、時と場合によっては「怒り」は必要な伝達手段です。アンガーマネジメントとは、「怒らなくなる方法」ではなく、「怒る必要のある時は上手に怒れるようになる」、「怒る必要のないことは怒らないで済むようになる」こと、つまり、「自分の感情に責任を持つ、上手に付き合う」ということを意味しています。怒りという感情で後悔しなくなる(後悔するような言動をしなくなる)ことを目的としています。アンガーマネジメントは、1970年代に米国で始まった心理トレーニングで、日本においても徐々に広がりを見せています。

最近、「怒り」を自覚した場面を思い出してみて下さい。人が「怒り」を感じる場面は、自身にとって「〇〇であるべき」「〇〇するべき」と捉えていた「理想・常識」が、「現実」は異なった場合に起こり得ます。例えば、部下は「指示されなくても察して主体的に動くべき」など、上司にとっては理想や常識であると捉えていたことが、実際には部下が遂行していないという「現実」とのギャップに対して怒りが生まれます。ただしこの場合、上司にとって理想や常識と捉えていただけであり、部下にとっては理想や常識とは捉えていないかもしれません。つまり、上司は、全ては自身の理想や常識に起因して怒っているのです。怒っている人は、自分が正しく、相手が間違っていると認識しています。本来、「〇〇べき」「理想・常識」は、人によって当然ながら違いますが、その前提が抜けており、怒りを覚えてしまうのです。

「〇〇べき」を「べき思考」と言い、極端および強過ぎる「べき思考」を持っている人は、怒りを感じやすく、怒りに起因したトラブルへ発展しやすいと考えられます。べき思考が強いと、柔軟な判断が出来ない、冷静さを失うなどビジネス上の些細なトラブルも起こり得ます。また、その様な人は、怒りだけではなく、実はメンタルヘルス不調(抑うつや不安など)へ繋がりやすいことも分かっています。次の「偏った考え」9パターンは、抑うつ、不安、怒り等に繋がりやすく注意が必要です。
同じ出来事であっても、生じる考えや気分、その後に起こす行動は人によって異なります。私達の気分は、出来事によって生じるのではなく、その出来事の思考(考え)によって生じます。イラストで示すように、同じ出来事であっても、考え(思考)によって、気分も変わり、それに伴って行動すら変わります。

まずは、自身の考え(思考)に偏りがあるのか、見直す、立ち止まるところから開始しましょう。
①どうして、そう考える(思考)のかよく考える
②冷静になり、別の考え(思考)がないか考える
現実的な、適応的な考え(思考)はアンガーマネジメント、ストレス耐性向上に繋がります。
■ 「偏った考え」をチェックする
・「偏った考えの9パターン」を使ってチェック
・「いつも」「絶対」など極端ではないか?
■ 第3者のアドバイスとして考えてみる
・同じような考えをして悩んでいる人がいたら、どのように声をかけますか?
・あなたが信頼する人ならば、どのようにアドバイスしてくれるでしょうか?
■ 冷静に状況を見渡してみる
・状況や事実に、見落としている部分はないでしょうか?
■ 根拠と反証を考える
・その考えを裏付ける、根拠を探してみる
・根拠への反証を考える
・バランスの良い考え方を挙げてみる

同じ経験をしても、同じ人に接しても、どう感じるかは人によって異なります。機嫌のいい人、精神的に安定している人は、何もかも常に恵まれているというわけではなく、実は、意識的もしくは気づかないうちに自らの感情に責任を持ち、考え(思考)をコントロールしています。誰かのせいや何かのせいにするのではなく、感情は自分自身が生み出しているという自覚、つまり自分の感情に責任を持ち、怒りで後悔のないように過ごして頂ければ幸いです。