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【最終回】第6回 意思の力が健康に与える影響

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【最終回】第6回 意思の力が健康に与える影響

執筆者(共著)のご紹介

 オリビエ・トレス
 モンペリエ大学 経済学部 教授
 AMAROK 創設者、代表





 影浦ちひろ(かげうら ちひろ)
 AMAROK 本部 アドミニストラティブマネージャー兼プロジェクトマネージャー
 モンペリエ大学、関西大学非常勤講師






意思の力が健康に与える影響

Sense Of Coherence:首尾一貫感覚

日本でもフランスでも、体調不良や病気の原因(リスクファクター)を探り予防を考えることの大切さは一般にも広く認識されていますが、心身の健康の基礎力を押し上げうる要因(サリュタリーファクター)を培うという発想は前者ほどにはまだ十分に浸透していないのが現状です。

 経営者を取り巻く様々な環境の中でも、主に経営に関する悩みやストレス、過重労働などに焦点が当てられがちですが、同時に経営者であるからこそ得られる仕事の喜びや裁量権・自律などのプラスの要素も存在し、これが日々の仕事由来のストレスを緩和するのに役立っているとするのが我々の研究です。

この考えのベースになっているのが、ユダヤ系アメリカ人の医療社会学者アーロン・アントノフスキー(Aaron Antonovsky)の研究です。

アントノフスキーは、ナチス強制収容所と中東戦争などの想像を絶する過酷な経験をした人を調査をした結果、多くは心身の病を患っていましたが、帰還者の約3割が健全な心身の健康を維持していたことに注目しました。この健康状態の良い者に共通する特有の感覚、首尾一貫感覚(Sense Of Coherence)を持っていることを見つけたのです。
 

この首尾一貫感覚とは、例えば今自分が直面している困難な状況に:

1. Comprehensibility:把握可能感 
この状況がなぜ起こっているのか、合理的に秩序だって把握できる感覚があり、
2. Manageability:処理可能感 
それを解決・対処できるスキル・能力・サポートを持っていて、この出来事は処理可能であり、自分のコントロール内にあり「なんとかなる」という確信が持て、
3. Meaningfulness:有意味感 
労力をつかい対処することを「その価値がある」「自分の人生に意味のあること」と意味づけすることができる

要するに、出来事の因果関係を俯瞰して分析し、自分の身の回りで起きる出来事の辻褄を合わせて考え行動できる力・能力、更には、レジリエンスに裏打ちされたポジティブ思考のようなものであると言えるでしょう。


企業家特有の資質との共通点

多くの企業家に見られる資質として、問題解決能力、自己効力感、仕事に対する情熱、オプティミズム・楽観的思考、自分らしい行動をする能力、自分の運命を自分でコントロールできる感覚、自分の行動に意味を与える能力、そして自分の行動の引き起こす結果に責任を取る意思などの心理的資本がありますが、同時にこれらは首尾一貫感覚とも多くの共通点があります。言い換えれば、首尾一貫感覚が高いと言うことは、企業家としての大切な資質をも多く兼ね備えている事にもなります。この首尾一貫感覚をさらに培っていくことは、同時に企業家精神をも益々高めていき、結果として事業も良い方向へ進む、健康と事業へ相乗効果1 が期待できるというメリットがあるのです。

これらの資本は、個人の仕事に対する責任感や適応能力、問題解決能力というものだけでなく、 行動と意味の間に一貫性を見いだす個人の意思・能力でもあります。
目の前で起こっている出来事をどう解釈するか(どう意味づけするか)により、生きる姿勢や経営の方向性にも影響を与えます。

現在仮に首尾一貫感覚が希薄であったとしても、自身の有用性とレジリエンス(立ち直る力・困難に立ち向かう力)を再評価し「なんとかなる」「どんな事にも意味がある」とポジティブに思考のクセづけを試みることは無意味ではありません。日々のこういった積み重ねがストレス対処力を高める力となります。
燃え尽きない働き方を含めた生活習慣の見直しと改善からリスクファクターの軽減と除去を考えると同時に、ストレッサーへの抵抗をする基礎力を高め強化する要因へ意識を向けて、下記の『経営者の「健康」状態を示す天秤』の「楽観的要因」の比重が多くなるよう目指すことが持続可能な経営の土台となります。

1 Le Capital Salutopreneurial, Observatoire Amarok
 


【参照】インデックス

経営者の健康に役立つ研究コラム


私はAMAROK JAPAN代表として、中小企業経営者や個人事業主の健康・メンタルヘルスについての調査と分析、それを踏まえた日仏での比較を行い、その研究成果を発表してきました。
今回、あんしん財団の「こころの“あんしん”プロジェクト」のサイトに、「経営者の健康に役立つコラム」執筆の機会をいただきました。
今までの研究の成果も踏まえながら、中小企業経営者や従業員の皆さんに役立つような内容をさっと数分で読めるように簡潔にまとめて連載したいと思います。
お仕事の合間のちょっと手の空いたときにお読みいただいて、少しずつでも参考にしていただき、皆さんの身体と心の健康づくりに役立てていただければ幸いです。

尾久 裕紀(おぎゅう ひろき)
大妻女子大学 人間関係学部 教授
AMAROK JAPAN 代表
企業の産業医も務める