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第5回 バーンアウト(燃え尽き症候群)

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第5回 バーンアウト(燃え尽き症候群)

執筆者(共著)のご紹介

 オリビエ・トレス
 モンペリエ大学 経済学部 教授
 AMAROK 創設者、代表





 影浦ちひろ(かげうら ちひろ)
 AMAROK 本部 アドミニストラティブマネージャー兼プロジェクトマネージャー
 モンペリエ大学、関西大学非常勤講師






Entreprendre sans s’épuiser :燃え尽きない働き方を



2019年5月、WHO(世界保健機関)はバーンアウト(燃え尽き症候群)を「職場での慢性的なストレスを適切に対処しなかったことに起因する症候群」とし、仕事に関連する現象であると定義しました。

症状として
気力低下や精神的または情緒消耗感
仕事に対する心理的な隔絶感、仕事に対しての否定的な感情やシニシズムの増大
仕事の能率低下
の3つの次元が挙げられています。
つまり、バーンアウトとは、疲労困憊(感情的、精神的、肉体的)に始まり、脱人格化、仕事の能率低下へと時間とともに進化していくプロセスであり、心や体の病気や過労死の原因にもなりえます。


2019年に我々の行った調査1 でフランスの個人事業主・中小企業経営者(=非被雇用者)の17.5%が燃え尽き症候群のリスクに晒されているという衝撃的な結果が出ました(BMS102 を用いて計測)。この割合は我々の想像をはるかに上回るものであり、またレゼコー紙やフィガロ紙などの大手新聞でも報道され大きな反響がありました。 

またこの調査の中では、数字のプロとも呼ばれる会計士などの業種に関してはこの割合が30%にのぼることがわかり、税制度の厳格化や法律の複雑化、顧客からの絶え間ないプレッシャーに日々晒されている現実があからさまになりました。

過重労働や精神的ストレスに加えて、近年フランスでも顕著になってきている現象の一つに高度情報化によって引き起こされるテクノストレス3 があります。様々な分野のIT化が進み、中小企業においても業務の効率化が進みました。場所や時間に縛られることなく仕事ができるという利点などもある反面、夜遅くや休みの日まで対応が求められたり、またIT化に適応できないことによるストレスから燃え尽き症候群に陥る人が増えています。

フランスでは2017年に新しく「つながらない権利」を認める法律が適用されました。これは、就労時間外にはメールなどに対応しなくてよい権利、インターネット接続を切ることができる権利で、従業員50人以上の企業にこの制度の適用を求められています。個人事業や中小企業では大企業並みの人員や設備を望めないケースも多く、この「つながらない権利」導入は義務ではありません。しかしながら、この法律が適用された効果は皆無ではなく、就労時間外にはメールの返信がこないこともあり得るという認識が広まりつつあります。我々も「もしあなたが勤務時間外にこのメールを受け取ったのであれば、返事は急ぎません」と署名ともについているメールを受け取ることもあります。

遅くまで仕事をして交感神経が優位になったままであると、入眠障害や中途覚醒などの睡眠障害をひきおこすことがあります。睡眠の質が落ちると体力回復が十分に行われず、注意力低下、コミュニケーション能力の減退、記憶力低下などを引き起こします。その結果、意思決定ミスの増加、複雑な状況下における決断力の鈍化、変化への適応力低下、仕事におけるストレス耐性衰退、生産性低下4 、など経営にも無視できない影響をもたらすのです。こういった状況が続けば、冒頭でも言及した燃え尽き症候群のリスクが高まります。睡眠時間を削って仕事に費やす時間を捻出するのは、時間を創出しているのではなく、逆に今後の仕事の効率を下げることになりかねません。

テレワークの増えている昨今でも、1時間に5分程度の休憩、昼食はきちんととる、可能な範囲で仕事を切り上げる時間を決めて行動するなど、オンオフの切り替えをしっかりすることは、次の日からまた効率良く仕事を進めていくため必要な体力回復を図る上でも大切なポイントです。

また、強い責任感から一人で何役もこなそうとすることが過重労働の原因になることもあります。中小企業の最大の経営資産は経営者の心身の健康であり、あなたが倒れてしまうと、守るべき会社や社員にも甚大な影響が及びます。なによりもかけがえのない経営資本であるあなたの健康を第一に考え、環境を見直し任せられる仕事は人に任せるなど、持続可能な経営方法を探ることが必要です。

次回は、健康増幅を図るのに大切な首尾一貫感覚についてのお話です。


1TORRES O. et C. KINOWSKI-MOYSAN (2019), “Dépistage de l’épuisement et prévention du burnout des dirigeants de PME : d’une recherche académique à une valorisation sociétale”, Revue Française de Gestion, n° 284, pp. 171-189

2
Malach-Pines, A. (2005). The burnout measure short version (BMS). International Journal of Stress Management, 12, 78–88.

3
Benzari, Alexandre; Khedhaouria, Anis; and Torrès, Olivier, "The Rise of Technostress: A Literature Review from 1984 until 2018" (2020). In Proceedings of the 28th European Conference on Information Systems (ECIS), An Online AIS Conference, June 15-17, 2020. 

4
Guiliani F. (2016). La vigilance entrepreneuriale : les antécédents liés au sommeil du dirigeant de PME, Thèse de doctorat en Sciences de Gestion, Université de Montpellier 1, 424p. 


【参照】インデックス

経営者の健康に役立つ研究コラム


私はAMAROK JAPAN代表として、中小企業経営者や個人事業主の健康・メンタルヘルスについての調査と分析、それを踏まえた日仏での比較を行い、その研究成果を発表してきました。
今回、あんしん財団の「こころの“あんしん”プロジェクト」のサイトに、「経営者の健康に役立つコラム」執筆の機会をいただきました。
今までの研究の成果も踏まえながら、中小企業経営者や従業員の皆さんに役立つような内容をさっと数分で読めるように簡潔にまとめて連載したいと思います。
お仕事の合間のちょっと手の空いたときにお読みいただいて、少しずつでも参考にしていただき、皆さんの身体と心の健康づくりに役立てていただければ幸いです。

尾久 裕紀(おぎゅう ひろき)
大妻女子大学 人間関係学部 教授
AMAROK JAPAN 代表
企業の産業医も務める