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森 晃爾(もり こうじ)教授が伝える中小企業のための健康経営ゼミナール

執筆 代表・監修:森 晃爾(もり こうじ)先生
産業医科大学産業生態科学研究所 教授

「健康経営の導入は、大企業ではできても、資金も人材も足りない中小企業では難しい」という発言をよく聞きます。
しかし、中小企業では、健康経営の導入が難しいのでしょうか。
私は、中小企業こそ、容易に健康経営を導入することができると思います。
唯一のポイントは、社長がその気になるかならないかです。
「こころの“あんしん”プロジェクト」の新企画として、今話題の健康経営について連載いたします。
毎月1日(予定)に計6回シリーズで掲載します。

[第4回] 健康経営における経営者の役割

産業医科大学産業生態科学研究所 教授 森 晃爾

前回までで、健康経営に関して、基本的なことを解説してきました。第4回と第5回は、健康経営をどのように進めるか、具体的なことをご説明したいと思います。今回は、健康経営において、経営者に果たしていただきたい役割について、健康経営の設計図の要素に従って検討したいと思います。

経営理念や方針

健康経営では、何よりも大切なことは、経営者のリーダーシップです。それを表現したのが健康宣言や健康経営方針と呼ばれるものです。このような宣言を文書化することは大切なことですが、形に囚われるだけでは意味はありません。大切なことは、経営者として従業員の健康に対する“想い”を持ち、それを表現していただくことです。

従業員の健康とはどのようなものでしょうか。従業員を家族のように思っている。だから彼らの健康はとても大切だし、気がかりであるという経営者もいるでしょう。一方、従業員が病気で休むと戦力ダウンになる。すぐに代わりの人を取れるわけではないので、何とか健康でいてほしいといった、少し割り切った考えもあるでしょう。それでも、従業員の健康が大切という想いは同じです。少なくとも、まずは従業員の健康への想いを意識してほしいと思います。これからの日本社会で、健全な労働力をいつでも確保できるという企業はないでしょう。それでも、従業員の健康を大切にする経営者のいる企業は、少しでも長く働きたい企業ですし、他の人にも紹介したい企業のはずですから、とても重要な想いです。

健康への想いを文書化したら、次はその想いを行動に移してください。朝礼やその他の機会に健康が大切なことに触れたり、体調が悪い従業員に対しては声掛けをしたり、といったことで結構です。もちろん、経営者が自身の健康への意識を持っていなければ、周りへの影響は発揮できません。食事に気を付けたり、ウォーキングを習慣にしたり、長年の習慣であったタバコをやめたりといったように。それらが、従業員に見える形になるといいでしょう。

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組織体制

前回ご説明した健康経営の設計図の次の要素は、組織体制です。健康経営に取組む場合には、まず担当者を置くことが必要です。企業規模が大きい場合には、担当役員、担当部門といったことになるのですが、小規模な企業の場合には、経営者自身が担当者ということでも構いません。健康経営は個人の問題ではなく、社内事業として行う健康づくりですので、誰が健康経営を担当するかを決めてください。当然、担当者には、一定の知識が必要です。まずは、健康経営に関するセミナーに出ていただいてもいいですし、最近では東京商工会議所が行っている健康経営アドバイザー制度などがありますので、チャレンジしてみてもいいでしょう。

体制の要素の二つ目は、上司部下の関係です。部下が業績を高めるために、上司は様々な指示やアドバイスを行います。精神面でのサポートをするかもしれません。健康づくりを経営の一環として行う健康経営では、このような上司部下関係を活用します。管理職には、部下の健康管理を支援することが仕事の一部であるという認識を持っていただきたいと思います。

そして、体制の最後の要素が専門資源の活用です。日本の労働安全衛生法では、50名以上の職場では産業医の選任義務がありますが、それより小さな職場では産業医の関与はないことが普通です。それでも、健康診断を受けている医療機関や、協会けんぽなどの健康保険組合、地域産業保健センターなどの利用できる関係機関がありますので、必要な外部の専門資源を利用することを検討します。

制度・施策実行

健康経営の制度・施策などのプログラムには、どのようなものがあるかについては、次回詳しく触れたいと思います。一般に、健康管理・増進のプログラムには、病気のリスクの高いグループを抜き出して働きかけるハイリスクアプローチと、集団全体の健康度を上げるポピュレーションアプローチがあります。また、このようなプログラムが成果を上げるためには、環境づくりも大切です。まずは、すでに実施している健康診断を確実に活用することであり、これには追加的な費用はほとんど必要ありません。それでも、従業員の健康に対する投資ですので、多少の予算は必要になりますので、その点は理解する必要があります。

提供するプログラムは、職場の健康課題に合ったものである必要があります。この健康課題ですが、企業規模が大きい場合には、データを分析して、特徴を見出すことが必要ですが、中小企業では統計はあまり意味を持ちません。健診機関や健康保険組合に、一般的な企業と比較してどこが問題か、情報をもらうといいでしょう。また、経営者や担当者の主観的な課題認識も大切です。いずれにしても、健康課題を明確にして、その解決につながるような施策を検討してください。

評価・改善

健康経営においては、最初に宣言した想いを実現するために、取組を継続的に評価し、改善することを大切にします。具体的には、目標を立て、目標の達成度を評価し、その結果をもとに改善を図るという流れです。その際、目標は健康課題に対して可能な限り数値としてください。

例えば、従業員の皆さんの食生活を見て、野菜不足が健康課題だと思ったとします。野菜をしっかり取っているかどうかについて、簡単なアンケートを取ってみたら、その割合は15%でした。そこで、いくつかの取組をすることになったのですが、1年後の目標をこの割合が50%まで増加させることにしました。1年後に同じ様に評価をしたら、40%でした。25ポイントも上昇したので成果が上がったともいえますが、目標に届かなかったということですので、この取組みは失敗です。あと10%をどうしたら上昇させられるかを皆さんで考えて、翌年の取組みに結び付けてください。一方、52%であれば大成功です。そのあと、別の取組を行うか、さらに高い目標を目指すか話し合ってください。そして、成功した場合でも失敗した場合でも、どちらでも改善が生じるようにします。

何よりも、継続が大切です。健康経営は職場に健康文化が定着するまで、少し長い時間が必要です。経営者の皆さんには、多少の困難があってもあきらめずに、健康経営を推進いただきたいと思います。

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最後に

健康経営における経営者の役割は、従業員の健康への想いを明確化し、自らが健康経営をリードすること、担当者を任命するとともに管理職の役割を与えること、健康課題に対する施策の継続的改善をリードすることです。

次回は、今回十分に説明できなかった健康経営の施策について、具体的に説明したいと思います。

※健康経営は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

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