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産業医が伝えるメンタルヘルス対策の現実と理想

メンタルヘルス不調者の発生は、労働者の長期欠勤をカバーすることが難しい
中小企業に大きな影響を及ぼします。
「対策の重要性をわかっていても、何をどう取り組んでいいのかわからない」、
そのような現実に産業医から理想的な対策や対応などの基本的事項や取り組みのポイントを学ぶ、
産業医が伝える『メンタルヘルス対策の現実と理想』の2回目をお届けします。
生産性の高い、活き活きとした職場づくりの参考にしていただきたいと思います。
毎月20日(予定)に計9回のシリーズで掲載します。

[第2回] 職場環境づくりに必要なポイントについて

執筆:小笠原 隆将(おがさわら たかゆき)先生
ダイムラー・トラック・アジア 三菱ふそうトラック・バス株式会社
人事本部 HRマネジメントサービス部 安全衛生 ヘルスケアセンター 産業医

ここでは、近年企業内で取り組みの進んでいるメンタルヘルス対策の状況、動向を概観し、そこから見える課題を考えます。そして効果のあるメンタルヘルス対策を企業ですすめる際に必要なポイントと、管理監督者が自部署の職場環境を改善し、従業員がいきいきと働ける職場づくりをしていくためのポイントをお伝えします。

企業のメンタルヘルス対策の状況と課題

 日本における企業のメンタルヘルス対策の取組状況と近年の動向を見ていきます。

 まず、メンタルヘルス対策に取り組む事業所の割合は上昇傾向にあり、2016年で全事業所のうち、56.6%(2007年の約1.68倍)でメンタルヘルス対策に取り組んでいる状況にあります。また、2015年から健康経営銘柄の選定、2015年12月より、50人以上の事業所でストレスチェックが義務化されるなど、政策面での企業のメンタルヘルス対策は年々進展している状況にあるといえます。

 ただ、このような対策は有効に機能しているのでしょうか?精神障害の労災請求件数(2017年で1732件、2007年の約1.67倍)、および認定件数(2017年で506件、2007年の1.86倍)は年々増加の一途をたどっています。また、実際に抑うつ、不安などの症状を持っている人が専門家にかかる割合は18~34%というデータもあり、心理的な問題を抱えていても専門家に援助を求めない『サービスギャップ』という問題を念頭に置いておく必要もあります。このようなことから、必ずしも政策的にすすめられているメンタルヘルス対策が企業内で有効に機能していると断言することはできないと考えます。

メンタルヘルス対策の効果研究と会社で行うメンタルヘルス対策のポイント

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 ここで企業のメンタルヘルス対策の取り組み状況と、そこで働く人々の精神的健康度の関連を調査した研究を紹介します。

 20~69歳の調査会社のWebアンケートモニターの男女1000人を対象とした、この研究では、企業のメンタルヘルス対策の取組有無、取組数、取組パターンを対象者に聴取していますが、メンタルヘルス対策の取組有無、取組数、取組パターンに関する従業員の認識が、いずれも精神的健康度と関連しないという結果が示されました。以上から、企業のメンタルヘルス対策において、介入効果研究で効果が実証されているような適切な介入法が選択されていない可能性や、介入法が選択されていても従業員に利用されていない可能性、従業員に利用されていても表面的なものになっている可能性が考えられ、企業のメンタルヘルス対策において、『そのメンタルヘルス対策がどのように導入されたか?』というプロセス評価の必要性がより明確に示されました。

 また、当研究は、勤務先のメンタルヘルス対策への従業員の満足度と精神的健康度との関連についても検討されており(表1)、結果としては、企業のメンタルヘルス対策への満足度が高い程、精神的健康度が高いことが示唆されました。その満足度の要因としては、取組の内容以前に、「職場環境や従業員に対する会社の理解や配慮」、「メンタルヘルス対策制度の整備」、「メンタルヘルス対策制度の周知」が重要であり、その上で、メンタルヘルス対策の機能として「チェック機能」、「セーフティネット機能」、「アクションの受け手機能」があることが満足度に繋がることが示されました。これより、こうした従業員の満足度が、プロセスを評価する際の指標の一つとして活用できる可能性が示されております。

 ストレスチェックを例に考えてみると、ただ法律で義務化されているからといって実施のみを形式的に行うのではなく、会社がよりよい職場にするための評価ツールとして使用することを周知した上で実施し、結果的に得られる組織としてのストレス度合いの結果(集団分析結果)を実際の職場の状況と照らし合わせながら、改善策を話し合える場を持ってはじめて機能する制度です。

 私の知っている会社では、ストレスチェックを実施後、集団分析結果を経営層、管理職と専門家で話し合った結果、製造の稼動スピードの上昇が従業員のストレス度合いにネガティブな影響を与えているかもしれないということが示唆されました。そのため、稼働スピードが上昇する前に会社から従業員をねぎらうイベント(職場の懇親会の実施の際の費用補助など)を実施することで、従業員が受ける業務の量的な負荷に対して、感謝の気持ちを示す取り組みを行うことになりました。

 ストレスチェックとその後の対応策を例に出しましたが、従業員、職場環境の中での負荷要因を分析し、そのことに対して話し合い、対策を行うことで「会社は自分たち従業員を分かってくれた上で従業員を大切にしてくれている」ということを認識してもらうような取り組みを行っていくことがよりよいメンタルヘルス対策を行っていく上では重要ではないかと思います。

表1  メンタルヘルス対策を導入する上での留意すべきポイント

従業員のメンタルヘルスに対する企業の理解や施策

管理監督者の職場環境づくりのポイント

 ここまでは会社全体の視点でしたが、最後に管理監督者レベルの視点で、働きやすい職場を自部署で実現するにはどうしたらいいかについて触れます。

 管理監督者のマネジメント能力が高い場合、自分の部署の心理的ストレスは低く、ワーク・エンゲージメント(仕事に誇りややりがいを感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得ていきいきしている状態)や生産性が高いことが分かっています。管理監督者が自らの行動を振り返り、マネジメントのやり方をかえてみることでその部署が働きやすい職場に変わるかもしれません。ここで専門家が作成した「健康いきいき職場作りのための管理監督者のマネジメントのポイント」があるのでご紹介します。これは、ある会社の管理監督者が経験に基づきアイデアを出したものを、整理して12のポイントにまとめたものです。(表2)

 項目Ⅰには、目標と指示を明確にして、部下に上手なフィードバックをすることが挙げられています。指示が伝わっているかを必ずフォローすること、大事な指示・確認は顔をできるだけ合わせて行うこと、部下をほめること、仕事の意義を部下に伝えることは、部下に効率的に、いきいきと働いてもらうために重要です。項目Ⅱは、上司からコミュニケーションを図ることです。部下からのアプローチを待たずに上司から積極的なコミュニケーションをとること、また相談しやすい雰囲気を作ることが大事です。項目Ⅲのミーティングの活用は実施しやすく、また効果的な方法の一つです。定期的なミーティングを行うことで関係者の情報交換を行うことで一体感が生まれます。職場にいろいろな立場の従業員がいる場合には、職場の全員が参加するミーティングを行うことで職場の雰囲気が変わってきます。項目Ⅳは、部署内だけでなく、他部署との連携を図ることです。例えば部署対抗のバレーボール大会など、職場横断的な活動への参加を応援することが挙げられます。また、産業保健スタッフと連携することで、職場作りのヒントを得ることもできます。

 会社というレベルと、管理監督者というレベルで2つのアイデアを記載しました。これからの会社の職場作りの参考になればと思います。

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表2  健康いきいき職場づくりのための管理監督者のマネジメントのポイント

  項 目 説 明
Ⅰ 目標と指示を明確にする 1.目標や指示が伝わっているか必ずフォロー 目標や指示は、伝えたはずと思っても意外と伝わっていない。目標や指示が伝わっているかどうか必ず再確認する。手間に思えるかもしれないが、確認することで自分のいらいらも、部下のストレスも減らすことができる。
2.大事な指示・確認は顔を合わせて メールなどで業務指示をしたり、状況を確認することが増えている。メールは書いたものが残るので、便利な点もあるが、その場での質問や意見交換ができないので、誤解を生んでしまうこともある。大事な指示や確認は、直接顔を合わせて行うことが大事。
3.「ほめる」フィードバックを使う 仕事の進捗や仕上がりについて部下にフィードバックする時は、ほめることを忘れずに。負担の大きい仕事をしている部下は、ほめられることで負担感が減る。そうでない部下もほめられることで、やる気がアップする。一方、注意したりしかる時は、淡々と冷静に伝えるのがポイント。
4.仕事の「意義」を部下に伝える 部下の立場からは仕事の全体像を理解することが難しいものである。上司の大事な仕事の1つは、部下に職場全体の仕事や、個々の部下の仕事の大事さや意味を伝えること。上司からの意義を伝えようとする発言が多ければ、部下の仕事への積極性が増えることがわかっている。
Ⅱ 上司からコミュニケーションを図る 5.上司が見本を示し挨拶を励行する 朝の挨拶、退勤時の挨拶は大事。挨拶をしない部下がいるとこぼす前に、上司から見本を示して挨拶を励行する。
6.部下が連絡できるように上司のスケジュールを知らせておく 部下がいざという時に上司に連絡できるように、自分がいつ、どこにいるか、部下がスケジュールを把握できるようにしておく。
7.余裕のある態度を見せて相談しやすい雰囲気を作る いつも忙しそうにしていたり、難しい顔をしていると、部下が相談を遠慮してしまう。相談がしにくければ誤解やミスも多くなり、仕事がうまく進まないリスクが増える。
8.とにかく3分間は部下の相談に真剣に対応する 真剣に対応してもらったという経緯は、部下のやる気や信頼を引き出す。真剣に対応することの第一歩は、部下の話をしっかり聞くこと。忙しい時には、たった3分でよいので、部下の話を真剣に聞いてあげる。
Ⅲ ミーティングの活用 9.定期的なミーティングでメンバーの業務を把握 部下の仕事の状況を定期的に把握すること、また部下同士が相互に仕事の状況を把握し合うことは、円滑な業務の遂行に大事。定期的なミーティングで積極的にこうした機会を作る。
10.職場の全員が集まる短時間ミーティングで一体感アップ 職員、派遣、アルバイト、学生など身分や立場に関わらず、職場の全員が集まって仕事の連絡や報告をする機会は、職場の一体感をアップさせ、いきいき職場作りに効果的。10分、15分の短時間でもいいので、全員が集まれる工夫を進める。
Ⅳ 横のつながりをつくる 11.職場横断的な活動を応援する 部署を越えて、部下がサークルや勉強会に参加することを応援する。また社内のイベントには、できる限り上司が顔を出し、職場のメンバーが積極的に参加できる雰囲気を作る。
12.産業保健スタッフと連携する 元気のない部下がいる時、職場のいきいき度をアップさせたい時、産業医や保健師に相談してみる。

【参考文献】
向江 亮 『企業のメンタルヘルス対策における課題とその解決に向けた今後の展望』
東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース下山研究室 2017 年博士論文要旨
川上憲人著『基礎からはじめる職場のメンタルヘルス 事例で学ぶ考え方と実践ポイント』、大修館書店、2018 年

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