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第1回 連載開始にあたって

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第1回「連載開始にあたって」  

 【執筆:柴田 喜幸(しばた よしゆき)先生】産業医科大学 産業医実務研修センター 准教授

【経営課題の変遷】

従来、企業経営の悩みの定番は収益性や技術力でした。しかしシンクタンクの調査(※1) を見ると、近年では「人材強化」が挙げられています。
調査結果を少し細かく見ると、「現在の課題」(図1-3)という問いに対して、40年前は9割の企業が「技術力の強化」を挙げてダントツでしたが、現在では10%を切りトップ6のうち最下位です。一方で、「人材強化」は、2004年を境に急激に上昇し、現在では1位の収益性に肉迫する2位につけています。
また、3年後・5年後の課題という問いでも、人材の問題は上位に位置しています。

【新入社員の意識と人材強化とは】

では、人材強化とはどういうことでしょうか。

ここで近年の新入社員の意識を見てみましょう。ある調査(※2)によれば、「鍛えあい活気のある職場よりも、助けあうアットホームな職場」(Q2)、「熱血型リーダーはなく、丁寧に指導・傾聴・認知できる支援型リーダー」(Q3)を期待していることがわかります。
また
別の調査(※3)によれば、新卒時に入社した会社に定年まで勤めようと思っている新人は2割程度にとどまっています。
つまり、「暖かく社員思いの環境で」「他によい勤務先があれば、転職してしまおうと機会をうかがっている」ことが見て取れます。

 以前であれば大量に採用し、企業・従業員双方が「終身雇用」を大前提とした関係で、少なからぬ企業・管理者側はどこかで「代わりはいくらでもいる」「イヤなら辞めろ」という姿勢でマネジメントしていたかもしれません。そうした感覚からすると、これらの調査結果は「甘ったれるな」という感想も伴うかもしれません。あるいは、「そうした生ぬるい感覚を持っている者にロクなやつはいない」と思われるかもしれません。

【先進企業の動向】

ところが、例えばIT企業・サイボウス社では、それまで3割近かった離職率が、2006年に働き方の多様性に力をいれると(※4)、業績は伸び(※5)、離職率も4%に下がりました。
こうした事例を見ていると、自分を大切にする社員は「やる気のないお荷物」とは限らず、むしろ前向きで優秀な「ロクな人材」が、個を大事にしてくれる組織に移って持ち味を活かし、事業成果に寄与している感すらあります。
ここに今日の「人材強化」の1つのヒントがあるように思えます。
逆に旧態依然の姿勢の会社では、人が「集まらず」「居つかず」「伸びず」という事態につながりかねません。これは、人材問題にとどまらず、事業、ひいては経営問題に直結するのは想像に難くありません。

【産業保健から見た新たな課題】

では、どうしたらよいのでしょうか。

本連載では、こうした流れの中で、とりわけ産業保健の視座からみた人事労務の今日的課題をとりあげていきます。中でも「メンタルヘルス」「健康経営」「両立支援」という、少なくとも20年前には聞くことがほとんどなかった問題について、専門家がその問題・課題の所在や対策についてご紹介していきます。

「企業は人なり」という言葉は古くから言われ続けていますが、ではその「人」のありようとは、そして、それに対して期待される「企業」のありようとは。
皆さんの企業・事業の維持・発展に少しでもお役に立てば幸いです。

<参考>


※1 日本企業の経営課題2019(図1-3,P12) 日本能率協会,2019.11
※2 2020年新入社員意識調査(P3、P4)㈱リクルートマネジメントソリューションズ、2020.6
※3 2019年マイナビ転職 新卒新入社員1か月意識調査㈱マイナビ、2019.6
※4 ワークスタイルサイボウズ社HP、2020
※5 サイボウズ㈱の決算決算LOG、2020.3

【参照:インデックス】