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専門家が伝える ケースで学ぶメンタルヘルス対策第2回

ケース
 下川は、都内でソフトウェア開発やサーバー等のインフラ構築を行っているR社に勤務する、26歳男性である。
 有名私立大学の工学部を卒業後、公務員を目指していたが合格することができず、結局
R社に25歳の時に入社することとなった。入社するまでは栃木県内の実家に暮らしていたが、通勤時間を短縮するため、入社の時から都内のマンションで一人暮らしを始めていた。
 下川はソフトウェア開発やシステム開発担当となり「専門業務型裁量労働制」で勤務することになったが、実務経験はおろか社会人としての勤務経験もなかったため、実態としては上司である加藤部長の指示を受けながら仕事をしている状況であった。
 下川も、入社時はやる気があり仕事に取り組んでいたが、社内の教育体制もなく未経験者として入社したこともあり、日々に与えられた業務を終わらせることができず、加藤部長からは「仕事を終わらせてから帰れ」と言われ、毎日どのように仕事をやれば良いのかわからないまま、加藤部長が帰ってしばらくしてからこっそり帰るようになっていった。
 下川は、元々周囲の人たちとコミュニケーションを取るのが苦手であり、周囲も下川に話しかけることもあまりなく職場内で孤立している状況であった。
 入社して3ヵ月が経過した頃から、午後から出社することが増えていき、5ヵ月目からは体調不良により会社をたびたび休むようになり、加藤部長は下川に医師の診断書を提出するよう命じた。すると、下川より「うつ状態1ヵ月程度の静養を要する」と記載された医師の診断書が提出された。
留意すべきポイント
○実務未経験、社会人経験が無い従業員に対しての教育訓練や指導などのフォローアップができていたのか?
○職場の人間関係はどうであったか。コミュニケーションを取りやすい雰囲気があったかどうか。
○実務経験や社会人経験がない従業員に対して「専門業務型裁量労働制」で働かせることに問題はなかったのかどうか。
社労士からのコメント
洞澤 研 (ほらさわ けん)先生 洞澤 研 (ほらさわ けん)先生
社会保険労務士法人人事総務パートナーズ 代表
特定社会保険労務士
 業務経験・社会人経験が浅い方が、新卒ではなく中途採用で入社した際は、より十分な指導や教育訓練が必要となります。場合によっては、先輩社員がマンツーマンで指導するくらいの気持ちで指導しフォローアップをしていく必要があります。
 今回のケースでは下川さんは実家を離れ一人暮らしを始めたばかりで仕事だけでなく私生活も不安な要素が多かったと思います。職場内での懇親や、場合によってはメンター制度を導入して下川さんの指導・相談役を決めるなど職場全体で新入社員をフォローする職場づくりが大切となります。
 システム開発やデザイナー職の方の働き方としてよく見られる「専門業務型裁量労働制」ですが、労働基準法第38条の3に基づく制度となり、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある業務として定められた一定の業務について労使協定で定め届け出た場合、実際の労働時間ではなく労使協定であらかじめ定めた時間を労働したものとみなす制度になります。
 「対象業務を遂行する手段及び時間配分の決定等に関し、対象業務に従事する労働者に具体的な指示をしないこと」が導入要件となっていることからも、業務未経験の新入社員に対して実施するのには向かない制度だということがわかります。
 専門業務型裁量労働制度を導入する場合ですが、ある程度の実力のついた社員のみを対象者としたり、専門業務型裁量労働制で働いている方についても出退勤時刻については日々チェックし「今までと違う」様子が見えた時には、声を掛けたりするなど日々の働きぶりをよく見ていくことが重要となります。
医療職からのコメント
小笠原 隆将 (おがさわら たかゆき)先生 小笠原 隆将 (おがさわら たかゆき)先生
三菱ふそうトラック・バス株式会社
ヘルスケアセンター 産業医
 体調不良に繋がりうる本人の発言、行動の変化に、管理監督者が早く気づくことが必要なケースです。では、その変化とは何でしょう?これは『けちなのみや』という語呂で示される本人の行動、言動の変化です。け(欠勤の増加)、ち(遅刻、早退の増加)、な(泣き言を言う)、の(能率の低下)、み(ミスの増加)、や(辞めたいと言う)という変化の頭文字を取ったものです。
 管理監督者は、特に入社後間もない社員には日頃のコミュニケーションをこまめに行い、普段の本人との発言、行動の変化に気づけるようにする必要があります。社労士の先生も言及されている新入社員をフォローする職場作りや、定期的な部門内ミーティングを行い、配下社員とのコミュニケーションを取る仕組みを整えることも必要でしょう。発言、行動の変化がみられたとしても、早期の段階で上司との個別面談を行い、本人の変化の原因を把握し、必要に応じた対応を取ることができれば、体調不良による社員休職を防ぐことができたかもしれません。
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